Suspenseful third day
※直接的ではないですが、合意なし描写注意。
目を覚ますと、どこか知らないソファーの上に横になっていた。
眠る前のことを思い出そうとして、体を襲う痛みに、昨日のことが鮮明に蘇る。
蟻の巣での乱闘のあと、気付いたらN109区にいた。
元々潜り込むつもりでいたのだから、予定通りといえば予定通りだった。
けれど潜入してすぐに、あの銀の髪の男に出会ってしまった。
暗点のボス、シンという男に。
首を絞められ、意識を失ったまま、屋敷の中に引きずり込まれたらしい。
意識が戻った時には床の上にいた。
逃げようとした手首を掴まれ、そのまま壁に押し付けられた。
「共鳴しろ」
解毒剤が効いてきたとはいえ、まだ万全ではない。
それに、さっきの彼の目。
何か、脳に直接情報を叩き込まれたような気がして、上手く頭が働かず、力も出ない。
「……っ、放して」
そう言うのが精一杯だった。
彼に見つめられると妙な気分になる。
家族を殺した犯人かもしれないという思いも相まって、何か得体のしれない衝動がこみ上げてくる。
恐ろしくなって目を逸らすと、顎を掴まれて無理やり彼の方を向かされた。
「目を逸らすな」
彼の目を見たくない。
ぎゅっと目を閉じると、ふん、と鼻で笑う声が聞こえた。
次の瞬間、掴まれた手首をまた引っ張られたかと思うと、乱暴に床に転がされた。
受け身も取れず、打ち付けた背中が痛む。
何するの、と言う間もなく、シンは私の上に馬乗りになり、今度は両手首を床に縫い留められた。
「頑なにEvolを使わない気なら、まあいい。体が繋がればEvolも繋がるだろ」
何をされるかわかって、体中から血の気が引いていく。
全身が粟立つのを感じる。
できる限り身を捩り、手足を動かして、体全部でシンを拒絶した。
「いやっ、やめて!」
体力には自信があった。戦闘力にだって。
並の男なら勝てると思っていた。
それなのに、自分より大きな男にこうして組み敷かれて、赤黒い霧に体を覆われて、まるで抵抗できない。
指先のひとつさえ動かせない。
私は無力だ。
思い出して、こみ上げる吐き気に口を覆う。
落ち着け、と自分に言い聞かせて、ゆっくり息を吐いては吸ってを繰り返す。
冷静になって周りを見回し、自分の状況を確認する。
全体的に薄暗い部屋。黒や赤の調度品が多く、どこか威圧感が拭いきれない。
あれだけ乱暴に掴まれたにも関わらず、手首にそれらしい跡はなく、全身の気だるい痛み以外に怪我はなさそうだった。
ただひとつ、見覚えのない服を着ていることだけが気になる。
「ようやくお目覚めか」
ドアが開くと同時に低い声が聞こえ、弾かれたようにそちらを睨みつけた。
腰元に手をやるが、銃がない。やはり没収されていた。
「シャワーも食事も用意してある。使いたければ使え」
「シャワー? ……この服を着替えさせたのは、あなた?」
「他に誰がいる?」
「それに食事? どういうつもり?」
「いらないのか?」
いらない、と言いかけて、これまでにないほどの空腹感に気づいた。
少食ではないけれど、特別大食いでもない。
訓練の後だってこんなにお腹が空いたことはなかったのに。
どうなってるのかわからず、ふらつきながらも立ち上がった。
シンは言いたいことだけ言うと、また鼻で笑って、部屋の奥に置かれた玉座のような椅子に向かった。
「私に背中を見せていいの? 襲いかかるかもしれないのに」
「やってみろ」
そんなことができないことも、あるいはやったところで私が勝てないこともお見通しなのだろう。
「もしくは、あなたの隙をついて逃げ出すかも」
「それはない」
余裕たっぷりに振り返った顔には、笑みが浮かんでいた。
眉を僅かに上げて、こちらを挑発するような顔をする。
「目的があってここまで潜り込んだんだ。そう簡単には帰れない」
指先を軽く動かすと、赤黒い霧が現れ、そのへんに落ちていた石ころを拾い上げる。
シンはそれを私の手に押し付けた。
力を失ったコアのようだった。
「お前は共鳴の練習でもしてるんだな」
靴音を鳴らしながら遠ざかっていくシンを見送るしかなく、私は渋々ソファーに戻った。
沈むソファーに体を預けて、手の中のコアに集中する。
体が本調子じゃないせいか、あるいはコアが力を失ってるせいか、波動を捉えられない。
それでもしばらく目を閉じて集中していると、ようやく手の中のコアが熱を帯びてきた。
「随分時間がかかったな」
その声に意識を引き戻され、途端にコアは熱を失う。
顔を上げると、椅子から立ち上がったシンはこちらに数歩進んだかと思うと、急に姿を消し、次の瞬間には私の眼の前にいた。
おそらくこれが彼のEvolなのだろう。
エネルギーコントロールとでも言えばいいのか。
遠くのものを引き寄せたり、あるいは遠くに投げ飛ばしたり、消したり。
今のように瞬間移動することだってできる。
その力で、簡単に人を消せるような男だ。
「なら、もう一度だ」
シンに右手を強引に掴まれ、そのまま彼の左胸に押し付けられる。
指先に速い鼓動を感じた。
なんとか共鳴しようと、先程のコアのように彼のEvolを捉えようとするが、どうにも上手くいかない。
波動を感じないわけではないのに、どこかでブレーキがかかる。
私は無意識のうちに指先に力を込め、彼のシャツを握りしめていた。
「……もういい」
彼は溜息をつきながら私の手を引き剥がし、捨てるように振り払った。
結局私はEvolを発動していないはずなのに、なぜかひどく疲れた。
数時間Evolを使い続けた後のようだった。
心臓が痛い。
こんなところで立ち止まっている場合じゃないのに、こんなことがいつまで続くのだろう。
屋敷を逃げ出して本来の目的を探しに行くべきだろうが、碌な手がかりもない今、彼に取り入ることが一番の近道だと直感が告げていた。
けれど何度試しても何もできないまま、数日が過ぎていった。