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OMG

いつだって騒がしい彼女が、いつにも増して騒がしく、放課後に俺のクラスを訪れるのにも、すっかり慣れてしまった。
こうして現れるときは大抵決まっている。
「はいはい、いつもの喫茶店で作戦会議な」
そう言うと彼女は、感謝を述べながら笑った。

きっかけはいつ頃だったか。一年は経っていないはずだ。
撮影で使ったらしいチークがたまたまいい色で、それを貰えないかと頼んでみたら案外快諾されて、それを見せびらかすために予定も聞かずに家に押しかけた。
彼女と二人で出かけることは時々あった。
大抵はショッピングだったり、話題の映画を公開日に見に行ったりしたわけだが、その理由も全てわかった。
彼女の家の前、最悪のタイミングで、あいつと一緒にいる彼女に出くわしてしまった。
どう見てもデートしてきました、と言わんばかりの雰囲気。
たまらずその場から逃げ出して、でもあとで気まずくなりたくなくて、少し時間を置いてから電話してみた。
彼女も同じように話があると言い、その時点で察してはいたが、呼び出されて行ってみれば案の定、あいつとの仲を応援してくれないかと相談された。
「応援って、俺そっち方面にはあんま詳しくないけど?」
それでもいい。七ツ森くんがいい。
そう言われて、その言葉が今でなければどんなによかったかと思いながら、その提案に頷いた。
切れそうな糸より、切れない縁を選んだ。
肝心なところで、所詮俺はそういう男だ。

「それでね、明日二人で出かけるんだけど」
通学路にある、いつもの喫茶店。
チェーン店であるがゆえにアルカードより店舗は広いが、メニューはアルカードのほうが好きだった。
ホットコーヒーだけを頼んで、スティックシュガーを一本だけ溶かしながら、彼女の話に耳を傾ける。
「映画を見に行こうって話になってて」
知ってる。その映画も俺と一緒に行った。
面白いかどうか。あいつが好きそうかどうか。そういうのを念入りに調べたかったんだろう。
俺と彼女の趣味にはハマったが、あいつの趣味かどうかなんて知らない。
とりあえずその場では、最高だった、と感想を教えあって、彼女も満足そうだった。
それで要するに彼女の相談事は、デートに行くにあたってのメイクのことだ。
件のチークは彼女にとてもよく似合う色で、そもそもそう思ったから無理を言って貰ってきたわけで、一度それを実際に彼女に使ってみたことがあった。
そうしたら彼女もそれをいたく気に入って、俺の手元にあるのを羨んでいた。
「じゃあさ、このチークが欲しくなったら俺のとこ来なよ。俺があんたをカワイくしてあげる」
我ながら最低の提案だったと思う。
この色が欲しくなるのなんてデートに決まってる。
俺はこれからデートに行く彼女を見送らなきゃならないし、彼女はデート前に俺に会わなきゃならない。
そうまでして繋ぎ止めたかった。
「そんじゃ、明日もデートの前にちょっと集合な」
そんなやり取りも、もう何度もしている。
最高にカワイイ彼女を、何度も送り出した。
そのたびに、どうして俺じゃないんだろうかと何度も夢に見た。
「でも、いいの? わざわざ来てもらうなんて」
何度も同じやり取りをしているのに、毎回こう聞いてくれる。
彼女のそういうところがたまらなく好きで、きっとあいつだってそうなんだろう。
「俺も明日撮影あるし、その前にちょっと集まろうってだけ」
もう何度も重ねた嘘を、今日も吐く。
そうして彼女は、お願いします、と笑った。

それから少し談笑したあとで、彼女は小さなため息をこぼした。
「神様って不公平だよね」
コーヒーを飲んでいた手が止まる。
彼女が何気なく送った視線の先には、女性客に囲まれて少したじろいでいる男性店員の姿があった。
姿かたちはあいつとは似ても似つかない。
けれど誰かに囲まれているその様子が、少しあいつを思い起こさせる。
「隣にいたいだけなのに」
そんな気持ちが、苦しいほどわかってしまう。
俺だって、と言いかけた想いを押し殺して、こら、と軽く声をかけた。
「あんたは、この七ツ森実の、あのNanaの親友なんだ。もっと自信もて。あんたは最高にカワイイよ」
「……うん。ありがとう」
そう言われたい相手も、言われて嬉しい相手も、俺じゃない。
励ましても、褒めちぎっても、彼女の表情はどこか陰を落としたままだった。
こんなことならいっそ、早くくっついてしまえと思う。
あいつだって、彼女のことが好きだろう。
けれど隣にいたいだけと言う彼女は自分から想いを告げないだろうし、あいつはタイミングだムードだと気にして今すぐには言わないだろう。
早く結ばれてしまえ。そうしたら苦しむのは俺一人で済むのに。

翌朝、いつも通り少し早い時間に待ち合わせて、彼女に最後の仕上げをしてやる。
気分はさながら魔法使いだ。シンデレラを舞踏会に送り出すときのような。
「ごめんね、お待たせ!」
時間前だというのに小走りでやってきた彼女は、白いワンピースに小花柄のミュールを履いていた。
見慣れた彼女の、見慣れない服装。
彼女にはそんな可愛らしい服装よりも、いつも二人で出かけるときのような、シンプルでハッキリした服装のほうが似合っていた。
きっとあの服装こそ普段着で、飾らない彼女なんだろう。
けれど、俺といるときの、あの彼女だけが『本物』だ、とは思えない。
今目の前にいる、あいつによく思われようとする彼女も、紛れもなく『本物』なのだ。
俺にとって『七ツ森実』も『Nana』も、どちらも等しく『本物の俺』であるように。
「はい、じゃあ、こちらでドーゾ」
言われたとおり、目の前で無防備に顔をさらけ出す彼女に、いっそキスしてやろうかとか、いっそ攫ってしまおうかとか、邪な感情がこみ上げる。
その邪な感情を、なけなしの理性で押さえつけた。
「ほら、カワイイ」
チークを置いてやるだけだ。その時間は一瞬ですぎる。
最高にカワイくなった彼女の頭に、軽く手を乗せる。
ほんのささやかな抵抗だった。あいつのためにセットした髪が、少しでも崩れてしまえと。
もちろん、実際に髪型が崩れるほどの強さで頭を撫でたことなど一度もなかった。
ありがとう、と最高の笑顔を見せて、彼女は踵を返していく。
残された俺も反対側へ歩き出しながら、ふと昨日の彼女の言葉を反芻した。
隣にいたいだけなのに。
相手にも同じように愛されたいなんてことは考えていない。
ただ近くにいたいだけ。
けれど選ばれなければ、愛されなければ、隣にいることすらできない。
そして今、選ばれてるのは俺じゃない。
ああ、本当に、神様は不公平だ。

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