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MARRY ME!

※若干モブ主の要素を含みます

結婚式場の控室、純白のウエディングドレスに身を包んでじっと座り、その時を待っていた。
傍らのスタッフに、お似合いですよ、と言われ、その言葉に曖昧に微笑んだ。
鏡の中の私はヴェール越しでもわかるほど緊張で顔を強張らせている。
何かこの緊張を和らげる方法、と考え、ふと思い立って、鏡に映る姿をスマートフォンで撮り、そのままメッセージを起動して彼に送信する。
『似合う?』
この時間なら彼はきっと眠っているだろう。そう思っていたのに、すぐに着信音が鳴った。
「どういうことだ」
寝起きなのか、動揺しているのか、少し惚けたような声が聞こえる。
惚けたような声なのに、どこか早口なのがおかしかった。
「どういうことって、見たとおりだよ」
「相手は誰だ」
「ハンター協会の同僚」
「場所は」
「言うわけないでしょ」
そこまで言って、スマートフォンのGPSを切っていなかったことに気付く。
電話の向こうの相手に気取られないように設定ボタンに手を伸ばすが、遅かった。
「すぐに行く」
「まっ」
来ないで、と言う間もなく通話は切られた。
まあいいか、と気を取り直し、スマートフォンをスタッフに預けると、すぐに扉の外から呼ばれる。
彼のいるN109区からここまで来るのに、数時間はかかる。
式が終わるまでには到着しないだろう。
そう高をくくって、父親役の上司の腕に手を絡め、一本道を歩き出した。

数週間前から、とあるチャペルで、花嫁がワンダラーに襲われる事件が多発していた。
幸いみんな軽傷だったが、こうも事件が続いてはチャペルの信頼に関わる、と支配人が助けを求めてきたのだ。
共通点は『海上のチャペル』と呼ばれるこの場所であること、天気が晴れであること、時間帯が夕方であること。
だから今日、ハンター協会はチャペルを貸し切り、結婚式を装ってワンダラーをおびき出そうとした。
父親役の上司、新郎役の同僚、牧師役の先輩。
両側には参列者役のミナミさんやモモコたちが並んでいる。
綺麗だよ、と茶化した声が聞こえるがその目は笑っておらず、全員が常に周囲を警戒していた。
やがて短い一本道を歩き終えると、父親役の手を離れて、新郎役へ引き渡される。
牧師役が決まりきった誓いの言葉を読み上げ、誓います、と機械的に返答をする。
愛の誓いをと促され、新郎役にヴェールをそっと上げられる。
演技とはいえ、さすがに緊張しているようだ。衣装と髪を整えた新郎役はいつもの同僚とは少し違って見えた。
私に多少なりともその気があったなら、きっと少しはときめいたのだろう。
両肩に軽く手を置かれ、ほんの僅かに顔が近付く。
けれど、そこまでしてもなお、ワンダラーは現れなかった。
「……何も起きませんね」
私の言葉を皮切りに、全員が緊張を解く。
そもそも、ワンダラーが現れるかどうかは五分五分だった。
これまでにここで挙式した花嫁の中にも、先程の共通点があっても何も起きなかった人もいた。
まだ隠された条件が何かあるのかもしれないが、それがわからず、ひとまず今日の作戦を決行したのだ。
「もう一度データを洗ってみましょう」
ミナミさんの言葉に頷いて、臨空へ戻る準備を始める。
私は再び個室へ通され、ドレスを脱いでメイクを落とし、慣れ親しんだ制服に着替え直した。
演技とはいえ、ウエディングドレスが多少名残惜しくもある。
私にそういう機会が訪れるかはわからないし、純白のドレスというのは少なからず女の子の憧れでもある。
とはいえ、今は任務中だ。
気持ちを切り替えて会場を後にした。

協会本部に戻って間もなく、数時間前と同じ相手から着信があった。
データを眺めながら、その通話を繋ぐ。
「結婚式はどうだった」
数時間前とは打って変わって明るい声色から、これがワンダラーをおびき出すための作戦だったことはもう知っているようだ。
少しは嫉妬してくれてもよかったのに、と思いながら話に応じる。
「大失敗だよ。ワンダラーは現れなかった」
まだ何かあるのだろうか。見落としている共通点。
会場、天候、時間帯。それ以外には何もないように見える。
「……暗点のボスさん。何か知恵を貸してくれませんか」
さすがに画面を見せるわけにもいかないが、一人でデータを眺めていても息が詰まる。
気晴らしがてら話しかければ、電話の向こうでも考え込むような声が聞こえた。
「データはどこまで見られるんだ?」
「どこまでって?」
「新郎新婦の名前、住所、生年月日、あるいは家族のデータ、参列者のデータ、牧師やスタッフのデータ、挙げればキリがないぜ。それら全てに、本当に共通点は何もないのか?」
そんなところまで見ていたら時間がいくらあっても足りない。
襲われたのは花嫁なのだから、そこに絞ってチェックしていたのだが、やはり全員分洗い直す必要があるだろうか。
「襲われた花嫁は年齢も職業も血液型もバラバラだよ」
「お前が何かほかに気になることはないのか」
「うーん……強いて言うなら、花嫁の誕生月が偏ってることかな……」
襲われた花嫁だけは詳細なプロフィールをチェックしていた。実に半数以上が同じ誕生月なのだ。
だから彼女たちと同じ誕生月の私が花嫁役に選ばれたのだが、今回の作戦が失敗だったのを見るに、関係ないようだった。
事実、違う誕生月でも襲われた花嫁はいるし、同じ誕生月でも難を逃れた花嫁もいる。
「なら、同じものを身に着けていた可能性は?」
「その可能性も低いよ。ドレスもヴェールも全員違うものだし、ブーケだって違う花で……」
何気なく花嫁の写真を拡大し、ブーケに着目して、ふと指が止まる。
ブーケ、というよりは、胸の前でブーケを掲げる花嫁の、その胸元だ。
そこには首に提げられたネックレスがあった。
それはほんの小さな引っ掛かりだった。
「どうした」
「この宝石……」
「宝石?」
その問いかけには答えないまま、次の写真へ送る。
同じように花嫁を拡大して、今度はイヤリングに同じ宝石を見つけた。
そして更にその次は、ヴェールの下に霞む髪飾りに。
被害者全員、同じ宝石を身に着けている。
「シン、あなたお手柄かも」
言いながらもう一度花嫁のプロフィールを洗う。
その宝石と、花嫁の誕生月が確かに結びつく。
けれど、花嫁の中にはその宝石を身に着けていても、誕生月が違う人もいた。
誕生石でもないのに、全員が全員、偶然この宝石を身に着けるとは考えにくい。
もう一度プロフィールを洗い、花嫁の横に並んだ花婿のプロフィールに目を留める。
花嫁が違う月生まれの時、花婿は当該の誕生月になっていた。全てが線で繋がった気がした。
「誕生石だ」
「成程な」
誕生石があしらわれたアクセサリーは、どれも新郎新婦が持ち込んだものだ。
だからチャペル側も把握しきれておらず、データから漏れていたのだろう。
新郎新婦のどちらかの誕生石であるなら、全員が同じ宝石を身に着けていたのも頷ける。
急いで彼との通話を切り、ミナミさんに報告する。
もう一度試してみる価値はある、とあらためてチャペルに連絡して日程を組む。
およそ一週間後、天気予報は晴れ。
二度目の決行日が決まった。

二度目も同じメンバー、同じ配置で挑むことになったはずだった。
だが、新郎役の同僚が、急病で来られない、と連絡してきたのだ。
代わりを務められそうな人物はいるだろうかと作戦を練り直しながらチャペルへ向かう。
それなのに、到着したチャペルにはそこにいるはずのない姿があった。
「遅かったな」
「ど、どうしてあなたがここにいるの!?」
今日が作戦日なことは伝えていないはずだ。
彼は片眉を上げると、スマートフォンを軽く振った。
「電話が切れているかどうか、きちんと確認することだな」
あの時、確かに電話は切っていた。間違いないはず。
だとすると、どこかに盗聴器でも仕込んでいたのだろう。
やってくれた、と睨みつける私の後ろからミナミさんが彼を不思議そうに眺める。
「彼は?」
「急病の『彼』から代役を頼まれた」
まさか、『急病』も彼が仕組んだんじゃないだろうか。
さすがにそこまではしないだろうと思いたいけれど、タイミングがよすぎる。
「あなたの知り合い? ハンターではないようだけど……」
「戦闘力は申し分ないと思うぜ」
それはそうだけど、と引き止めるより先に、ミナミさんは眉根を寄せながら考え込んだ。
「……背に腹は変えられないわね」
「そんな!」
「決まりだな」
言われるがまま、彼はスタッフに促されて新郎の控室へ導かれ、私もまた新婦の控室へ手を引かれていった。
一週間ぶりのドレスに身を包み、髪を整えられ、華やかなメイクを施されていく。
鏡の中の私は、やはり別人のようだった。
その顔は一週間前とは比べ物にならないほど緊張で強張っている。
前回は緊張を解すために彼をからかったが、今はその手段も使えない。
深呼吸のような溜息をつくと、それと同時にスマートフォンが着信を告げた。
相手は今まさに準備中のはずの彼だ。
「何?」
「例の宝石、用意したのか?」
「もちろん」
ワンダラーを引き寄せる効果があることを期待した誕生石は、ネックレスとして胸元で揺れている。
ビデオ通話にしてそれを見せるが、彼のほうは画面をカメラに切り替えてくれない。
「そのネックレス、外しておけよ」
「どうして?」
「俺に考えがある」
「顔も見せてくれない人は信用できないな」
その言葉に、軽い笑い声が聞こえた。緊張でいっぱいいっぱいの私と違って、彼は余裕そうで腹が立つ。
「後のお楽しみだ」
正直、嫌な予感しかしなかったが、彼が言うからには何か策があるのだろう。
スタッフに声をかけ、ネックレスを首元から外した。
これで失敗したらしばらくは嫌味を言ってやる、と肩で風を切りながら、促されるままに控室を後にする。
いつの間にか緊張は和らいでいた。

前回と同じように父親役に腕を引かれながらチャペルの扉が開かれる。
海上のチャペルというだけあって、海は鮮やかなオレンジ色に染まっていた。
一本道の向こうには、こちらを振り返る彼の姿があった。
普段は見ない純白のタキシードに身を包んだ彼は、闇組織のボスとは思えないほど煌めいて見える。
上背も胴回りも人一倍大きな彼に合ったサイズのタキシードがよく用意できたものだ。こういった身体に沿ったスーツを着ていると、彼のスタイルの良さが際立つ。
彼は普段から身なりには気を遣っているほうだと思うけれど、いつもと違って前髪を上げて後ろに撫でつけた髪型もまた、彼の顔の造形を引き立たせた。
やがて彼の目の前に立つと、彼は恭しくこちらに手を伸ばしてくる。
父親役から手を離され、代わりに彼の手を取る。
牧師役に目配せすると、一度頷いてから誓いの言葉を述べ始めた。
「健やかな時も、病める時も、富める時も、貧しき時も、喜びの時も、悲しみの時も、これを助け、愛し、敬い、共に生きることを誓いますか」
誓います、と二人揃って機械的に返事をする。
すると誓いのための指輪の交換を促され、そんなものは予定にない、と微かに狼狽えた。
けれど彼の予定には織り込み済みなのか、あるいはそもそも彼が仕組んだことなのか、トレイに指輪を乗せたスタッフが現れた。
その指輪を見て、ようやく合点がいった。
「ネックレスを外してこいって言ったの、このためだったんだね」
サイズこそ違うものの同じデザインの二つの指輪には、件の誕生石があしらわれていた。
結婚指輪かと問われると微妙なデザインではあったが、目的が果たせるならば何でも構わない。
「お前のために、一級品を用意した」
やはりというべきか、彼が用意したものだった。確かに宝石を手に入れるくらい、彼なら訳ないだろうが、とはいえ一週間で指輪まで仕立て上げる仕事の速さには素直に感服する。
それぞれ指輪を手に取り、お互いの指に滑らせていく。
いつサイズを測ったのか、私の指にぴたりと嵌まった。
「それでは、誓いの口付けを」
ここまでしてもワンダラーはまだ現れない。今回も失敗したのだろうか、と不安を感じる私の思考を遮るように、そっとヴェールが持ち上げられた。
肩に軽く手が添えられ、ゆっくりと彼の顔が近付いてくる。
予定通りなら寸止めで終わるはず、と彼を見据える。が、彼が止まる気配はなく、周囲の誰かが終わりを告げることもなく、ただ私たちの距離が縮まっていくだけだ。
ワンダラーはどうして現れないの。早く現れて。そうじゃないと、このままだと彼とキスしてしまう。
心臓が高鳴る。間もなくやってくるであろうその瞬間に備えてきつく目を閉じた瞬間、静寂を破るような鳴き声が聞こえた。
「現れた!」
期待通り現れたワンダラーは、やはり花嫁を狙って、真っ直ぐ私に向かってくる。
私はドレスの下に隠していたホルスターから銃を抜き、ワンダラーに向けて撃った。
けれど銃弾はワンダラーを掠めただけで、倒すには至らない。
ワンダラーは一瞬で事態を察したのか、周囲を歪め始める。
「磁場を展開する気だ!」
僅かに開いた空間の歪みから中へ飛び込むと、傍らにいた彼も同じように飛び込んでくる。
歪みの向こうに広がる磁場は、やはりチャペルのようだった。
だが先程までのチャペルとは違う。
どこかの森の外れにある、寂れた小さな教会だった。
錆びついた扉を開くと、教会の中には埃が舞う。
天幕は破れ、壁も床も傷んでいるが、ステンドグラスだけは美しいまま残っている。
「チャペルに思い入れでもあるのかな」
「さあな」
ドレスが動きづらい。両手でスカートを持ち上げながら奥へ進む。
彼もタキシードが煩わしいのか、首元のタイを緩めていた。
その時、上部の窓ガラスが割れる音と共に、ワンダラーが飛び込んできた。
咄嗟に照準を合わせるが、ワンダラーは器用に空中で方向を変え、銃弾から逃れようとする。
つい舌打ちすると、拳に黒い霧を纏わせた彼がワンダラーへ向かっていく。
「お前は動くな。俺のサポートだ」
確かにこのドレスでは前衛に出ても彼の足手まといになるだけだろう。
おとなしく指示に従うことにして、彼の後ろから銃を構えた。
ワンダラーの外皮は予想以上に硬いらしく、隙を見て撃った銃弾も、至近距離から繰り出す彼の拳ですら大きなダメージは与えられない。
何か弱点があるはず、と観察していると、骨格に覆われた体内にエネルギーの核のようなものが見えた。
ワンダラーが攻撃を繰り出す瞬間にだけ、その核がむき出しになる。
もしかしたらそれが弱点かも、と予想して、ドレスを持ち上げながら距離を詰める。
「シン! ワンダラーの気を引いて!」
ワンダラーが彼を狙うその瞬間、核が露出するはずだ。
私の宣言通り、彼はワンダラーの気を引き、そしてワンダラーに攻撃させるための一瞬の隙を見せた。
その瞬間に、やはり核が露出する。
あの核を撃ち抜ければ、と一気に距離を詰めて照準を合わせる。
ほとんど密着した状態で、これなら接射できる、と引き絞った。
けれど、私が銃弾を放つのと同時に核は外皮の中へ引っ込み、私は至近距離で外皮を撃ってしまった。
硬い外皮に阻まれた銃弾が暴発する。衝撃が全身を襲い、私は後ろへ弾き飛ばされた。
かろうじて受け身はとれたものの、僅かに削れた外皮の破片が目に入ったらしく、痛みで開けることができない。
視界を奪われたままでは確実に足手まといになる。一度退却するべきだろう、と彼に提案するより先に、彼の大声が聞こえた。
「避けろ!」
ワンダラーが迫ってきているであろう気配がする。
見えざる力で、身体が動かされようとする。きっと今、私の身体には黒い霧が纏わりついているのだろう。
彼のEvolの力を借りながらどうにか身体を起こして横へ飛ぶが、頬を何かが掠めていった。
掠められた頬が熱くなり、触るとぬるりとした液体が触れる。
避けきれずに切られたのか。
すぐ近くで打撃音が聞こえたかと思うと、怪我をした頬に温かい手が触れた。
「ごめん、油断した……!」
「お前はそこから動くなよ。俺が合図したら撃て」
彼は退却するつもりなどなく、ここで倒し切る気だった。
確かに、こんなチャンスは二度とないかもしれない。
何より、ここでワンダラーを見逃して、次の被害者を出すわけにもいかない。
彼の言葉に力強く頷くと、よし、と言いながら彼が離れていく。
かと思うと、霧を纏う時のような攻撃的な音が聞こえる。
「俺の花嫁に傷を付けたんだ。生きて出られると思うな」
その低い声はこれまでにないほどの怒気を孕んでいた。
空気が重苦しくなり、彼が確かな殺意を抱いているとわかる。
邪魔をするわけにはいかない。足手まといにもなりたくない。
ただじっと息を潜め、彼とワンダラーの戦いに耳を澄ませた。
聞こえるのは短い息遣いと、打撃音、その合間にワンダラーの鳴き声。
それらの音は近付いたり遠ざかったりしながらも、一定の距離を保って動き回っていた。
やがてほんの一瞬だけ空気が揺らいだかと思うと、ワンダラーがこちらに迫ってくるような足音が聞こえた。
きっと今、ワンダラーは核を露出しながら、私を仕留めようとしているのだろう。
「12時!」
彼の言葉に銃を構える。
方向はわかっても、高さがわからない。
目も見えていないせいで、指先が震えて、照準が定まらない。
「ど真ん中だ!」
彼の言葉を信じ、真っ直ぐ腕を伸ばした高さに照準を固定し、意を決して引き金を引く。
弾丸がワンダラーを貫いた手応えがあった。同時に、ワンダラーは断末魔を上げた。
倒したのだろうか。どうなったのだろう。上手くいったのか。
それがわからず座り込んだままでいると、ゆっくりとこちらに近付いてくる靴音があった。
彼に手を引かれて立ち上がると、その手に硬い石のようなものが握らされた。
あのワンダラーのコアだろう。
「倒せたんだね」
「ああ」
言いながら、彼の手に目を覆われる。
彼のEvolだろうか、目の中に入り込んだ欠片がゆっくりと取り出される気配がした。
そっと瞼を開けようとすると、ちくちくとした痛みはあるものの、なんとか目を開けることができた。
「見えるか」
「ぼやけてるけど、なんとか」
彼の手が、私の乱れた髪を掻き上げた。まるでヴェールを上げるように。
もうすぐ磁場が消える。
やっと戻れる、と安心していると、彼に手を引かれ、割れたステンドグラスの前に立たされた。
「健やかな時も、病める時も」
突然の誓いの言葉に、つい彼を見上げる。
彼は意にも介さず、続きを口にした。
「富める時も、貧しき時も、喜びの時も、悲しみの時も、これを助け、愛し、敬い、共に生きることを」
「あなたがそれを誓うような神様なんているの?」
「ああ、俺は神に誓ったりなんてしない。お前に誓うんだ」
大きな手に頬を包まれる。
その手に導かれるまま、彼の目を見つめた。
「お前は?」
彼から目が離せない。
まだ目はちくちくと痛み、抗えずに目を細めた。
「……疲れた。また今度ね」
周囲の磁場が消えていく。
森の中の古びた教会は姿を消し、海上のチャペルへと戻ってきた。
差し込む夕陽が眩しくて目を閉じると、それを待っていたかのように、誓いのキスが降りてきた。
「わあ! 二人ってそういう関係!?」
途端に聞こえたモモコの黄色い声に慌てて彼を突き放し、なんとか目をこじ開ける。
チャペルにはハンター協会の面々が揃っており、中心で抱き合う私たちを凝視していた。
「なっ、まっ、ちが」
「ワンダラーは倒したのね?」
「は、はい。コアは回収しました」
しどろもどろになりながらもミナミさんにコアを手渡す。
ミナミさんは受け取りながら頷き、私の目を軽く指し示した。
「手当をしながら臨空に戻りましょう。それとも、彼に送ってもらう?」
「手当を! 手当をお願いします!」
彼の手を離して協会の面々の中へ戻ると、背後の彼は軽く肩を竦めた。
「残念だな。せっかく結婚したのに」
意外にも彼は引き止めては来なかった。私の治療のため、とミナミさんが言ったから堪えてくれたのだろう。
まずは着替えましょう、と促されてあらためて自分の格好を見てみると、純白のドレスは汚れ、破けて、ボロボロになっていた。
貸衣装なのになんてこと、と項垂れていると、チャペルのスタッフたちは仕方がないことだと割り切ってくれていた。
ハンターの制服に着替えながらふと指を見ると、先程までそこにあった僅かな重みが消えている。
外に出て、まだそこで待っていた彼の指先を軽く摘む。
「シン、ごめん……指輪、なくしちゃった」
せっかく誕生石の指輪をくれたのに。
そう思っていると、彼は私の左手を取り、薬指に軽くキスをした。
「気にするな。いつか『本物』をやる」
「本物って……」
「その時は、今度こそ誓ってくれるか?」
健やかな時も、病める時も。
富める時も、貧しき時も。
喜びの時も、悲しみの時も。
彼を助け、愛し、敬い。
「……さあ。その時になってみないとわからないな」
きっと、私は違うのだろう。
命ある限り、彼と共に生きることを。
けれど、今それを言うのは気恥ずかしくて、いつか来る『本番』まで言わずにとっておくことにした。

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