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選ばれない人

とあるドラマの第五シーズンが配信され始めた、とモモコが息を荒げて報告してきたのが先月のことだった。
確か、おもしろいと太鼓判を押していた恋愛ドラマだったはずだ。
モモコだけでなく、臨空の女性の多くはそのドラマに夢中になっている。
そんなにおもしろいなら少しだけでも見てみようかな、と見始めたのがその後すぐのことだ。第五シーズンは今まさに配信中でまだ完結していないが、私がそこまでたどり着く頃には完結もするだろう。
そもそも恋愛をメインにしたドラマを、私が最後まで見るかもわからない。
そう思っていたのに。
「おもしろいんだよ、これ!」
せっかく家に遊びに来てくれたレイをソファーに拘束して、息を荒げて解説を始める。
公安に務める女性主人公が複数の男性との間で揺れ動く話、と言ってしまえばそれまでだけれど、公安としての職業としての部分もよく描写されている。
恋愛一辺倒ではなく、ミステリーだったり、サスペンスだったり、時にスパイアクションのようだったり、状況は目まぐるしく変わっていく。
その主人公を取り巻く男性は、第三シーズンまでの時点で三人いた。
同僚である公安の一人、浮世離れした雰囲気の舞台役者、そして幼馴染であり主人公の理解者である医師だった。
公安の同僚とは互いに高め合うような良き関係であった。
仕事はできるのだが、私生活はどこか危うい雰囲気であり、仕事中とは逆に主人公がお世話をしてあげるような相手だった。
舞台役者はとある事件の容疑者となっていたため、最初は主人公が彼を捕まえるために近付いた。
けれど結局は濡れ衣であり、そればかりか彼は逆に主人公の素性を暴いて、協力者になることを申し出てくる。
三人のうち二人には素性が割れていたが、幼馴染の医師にだけは職業柄、自分が公安であることを明かせなかった。
それでも度々怪我をしてくる主人公に何かを察して、遠くから近くから支えてくれるのだ。
この医師の淡い初恋の相手が主人公であり、今でも憎からず想っているのだが、主人公がそれに気付くことはない。
そして、今見ているのは第四シーズンの序盤だ。
新たな相手として、これまで存在が示唆されてきたマフィアの若きボスが登場してきたのだ。
ボスは当然ながら主人公の素性を最初から知っていて、逆に主人公を翻弄し、揺さぶってくる。
組織の秘密はくれてやるから、代わりに公安の秘密をリークする、いわば二重スパイになれ、と脅してくるのだ。
この男性たちの誰と結ばれるのか、が一応は物語の主軸ではあった。
私のプレゼンを一通り聞き終えて、レイは神妙な顔をしていた。
「その主人公には兄もいるのではないか?」
「よくわかったね! 主人公は幼い頃に両親を事故で亡くしてて、児童養護施設で育ったんだけど、『兄さん』って慕う男の子がいたんだよ。その兄さんは公安じゃなくて普通の警察官になったんだけど、第二シーズンで殉職しちゃって……」
「それで、その幼馴染の医師が彼女についていたのだろう?」
「レイ、この話知ってたの?」
レイの言う通り、兄の殉職で落ち込んだ主人公を慰めたのは、同じく兄とも知り合いだった幼馴染の医師だ。
彼はただそっと、優しく主人公に寄り添い、また前を向けるよう助言してくれる。
そればかりか、もし自分に何かあったら妹に渡してくれ、とあらかじめ兄から頼まれていた遺品や手紙があると告げ、大事に保管していたことも明らかになる。
主人公が慰めを必要としていても、決して男女の関係になることなく、彼は極めて理性的だった。
ネット上の意見ではやはりというべきかある程度反応は割れていて、その理性の硬さを評価する声もあれば、このタイミングを利用しないのなら彼はもうレースから降りたという声もあった。
「お前はどの男性が好みなんだ?」
「好みっていうか……どの男性と結ばれるか、って意味なら……」
動画配信画面には一覧のサムネイルが並んでいる。
男性の顔がアップになっているシーンが多く、第四シーズンはやはりマフィアのボスが多めだ。
兄の殉職のことがあったから、第二シーズンは幼馴染の医師が比較的メインだった。
それでも他の男性たちに比べると、感想コメント欄での彼の人気はやや控えめと言っていい。
「……うーん、幼馴染とは結ばれないんじゃないかな……」
その瞬間、隣に座るレイの指先が一瞬だけぴくりと動いたのが視界の端に見えた。
レイの顔を向き直ると、先程よりもさらに難しい顔をしている。
「どうしてそう思うんだ?」
「彼、『いい人』すぎるんだよ。常識的すぎるというか、地に足ついてるというか……良くも悪くも主人公の理解者で、幼馴染で……」
「それではいけないのか?」
「ここまでまともな人だと、女性は……というか、私は安心しちゃうんだよね。『家族』みたいっていうか、『兄さん』みたいな。結局最後には、危うい人に惹かれちゃうんじゃないかな」
例えば、任務中と私生活でまるで違う顔を見せる同僚とか。
自ら進んで死地に足を踏み込んでくるような、酔狂な人誑しとか。
立場を利用して揺さぶって翻弄して脅してくるような裏の人間とか。
不意に手を伸ばされ、レイの指が頬に触れた。
「ならば、私ももっと『危険な男』になるべきか?」
「え、どうして?」
「私は最後に『選ばれる男』になりたいからな」
「ドラマの話でしょ?」
そう、ドラマの話だ。
ここにいるレイとも、それ以外の誰かとも何の関係もない。
それなのにどうにもレイの中ではそういうわけではないらしい。
「現実の話をするんだったら、私は真面目で堅実な人が好きだよ」
危ない人に惹かれるのはあくまでも創作の中の話だ。
実際に、ずっと自分の身を案じて、ずっと自分を想ってくれている医師の幼馴染がいたら、そちらに惹かれるに決まってる。
頬に触れる指を手にとって指先に小さくキスをすると、私の幼馴染はようやく機嫌を直してくれたようだった。

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