船
連絡なしで基地に行った私を出迎えたのは、今日に限っては双子だった。
シンは、と聞く前にそのまま奥へ通される。
自室の片隅に、シンはいた。
珍しく眼鏡をかけて、テーブルの上に何かの部品をいくつも広げている。
「シン?」
「来てたのか。……あまり見るなよ。お前には刺激が強いかもしれない」
どういうこと、と不思議に思いながら近付いて、テーブルの上に広げられた部品に合点がいった。
すぐ傍らに、部品を外された『本体』が横たわっていたのだ。
「メフィスト……! バラしちゃったの?」
「少し無理をさせたから、『治療』が必要になった」
以前、メフィストのメンテナンスだという現場に出くわしたことはあったけれど、その時ですらシンはメフィストを分解せず、じっくり眺めていただけだった。
それをここまで分解して修理することになるとは、本当に無理をさせたのだろう。
邪魔をしないように少し離れたソファーに座り、手元を見つめる。
けれどシンは特に気にしたふうでもなく、小さく笑った。
「何か思うところがあるなら言え。雑談をするくらいはできる」
手元はあくまでもメフィストの部品に注目したまま、意識だけをこちらに向けてくれる。
思うところ、というほどのものでもないが、気になることはある。
「部品を替えたメフィストは、前と同じメフィストだって言える?」
「なんだ、思考実験か?」
シンの手の中で、メフィストの脚が組み上がっていく。
精密ドライバーを片手に、失くしてしまいそうなほど小さなネジをひとつずつ確実に締めていった。
「集積回路は交換していないし、メモリーも引き継いでいる。人間だって怪我をすればその部分の細胞が新しくなるだろ」
「それはそうだけど……」
「お前は、部品が変わったら違うメフィストになると思うのか?」
「河の流れは絶えずして、元の水には非ず、って言うじゃない」
なるほどな、とシンはまた小さな笑いを零した。
とはいえ人間も数年で体の細胞はほぼ入れ替わるというし、だとしたら私もシンも、数年前とは別の人間なのか、という問題になってしまう。
部品が入れ替わったら別の存在になるとして、どこまで入れ替わったら別の存在になるのだろうか。
一割? 二割? 半分?
それとも、ほんの少しでも元の部品が残っていれば、それは同一のものなのだろうか?
こういった思考実験は、考えれば考えるほどわからなくなってくるから楽しいとも言える。
「……もしも、人間が生まれ変わることがあるとして」
そんな突拍子もない例え話を言ってみる。
てっきり馬鹿にされるかと思ったが、予想に反してシンの手が一瞬止まった。
「体も心も別物になったら、それは同じ人と言える?」
「言える」
シンは完全に手を止め、顔を上げて答えた。
まさかそんな答えが返ってくるとは思わなくて、私のほうが面食らってしまった。
「でも、記憶も何もないんだよ」
「それでも、だ」
軽く手招きされて、誘われるまま近付く。
すぐ傍らに座った私に向かって手を伸ばされて、指先が僅かに頬を掠めた。
「魂が同じなら」
そんなものを信じているの、と揶揄するのは簡単だったけれど、シンの瞳は真剣そのもので、とても冗談には見えなかった。
何も言えずにメフィストに視線を落とすと、シンも同じく視線を落として、治療を再開する。
やがて元通りのかたちに戻ったメフィストの頭をシンが軽く撫でると、その目に光が戻った。
「さて、このメフィストは前のメフィストと変わったか? お前を覚えていると思うか?」
指を差し出すと、その上にメフィストが飛び乗る。
メフィスト、と名前を呼ぶと、機械の鴉は返事をするようにひとつ啼いた。