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胸の中

※シン主タグつけてますが、マヒ主前提のシン+主みたいな空気感です

N109区にやってきたという『客人』を迎えてやれば、今まさに銃を向けられる彼女がそこにはいた。
その銃弾を防いで、相手の男を消してやれば、彼女は力なく座り込んだまま、睨むようにこちらを見上げる。
目の前にしゃがみ込んで顎を掬うと、傍らに落ちたナイフで攻撃しようとする。
まるで必死に毛を逆立てて爪を立てた子猫のようだった。
その態度に応えるように首を無理やり持ち上げれば、彼女は苦しそうに顔を歪めた。
それほど力は入れていない。
けれど確実に首は締まっているらしく、呼吸が浅くなる。
細い首だ。力を入れれば折れてしまいそうなほど。
やがて彼女は再び意識を失った。
おそらく先程まで何かしら薬を盛られていたのだろう。
そうでなくては、弱さの説明がつかない。
再会を待ち焦がれた『宿敵』が、ここまで弱くては困る。
意識を失った彼女を肩に担ぎ上げると、ちゃりん、と小さな音が鳴る。
基地に着いてソファーに横たえてみれば、胸元にペンダントがあった。
先程はなかったから、服の中に隠していたのだろう。
そのペンダントを手に取り眺める。
リンゴのチャームと、『When U come back』の文字が刻まれていた。
以前彼女を監視していた時には、こんなペンダントは着けていなかったはずだ。
その文字に自分以外の何者かの存在を感じて、誰に伝えるでもなく、小さく舌打ちした。

情報屋での一件のあと、彼女はそっと基地を抜け出そうとした。
24時間以内にブローチを奪ってみせろと命じたのに、悠長なものだ。
オークションに侵入するという目的があるから、逃げるわけではないのだろうが。
「どこへ行く?」
彼女の前に立ち塞がると、彼女は屈することなくこちらを睨み上げてきた。
「別に、どこでもいいでしょ」
体の横をすり抜けて、なおも外に出ようとする。
どこかそわそわと落ち着かない様子に見える。
じっと見下ろすうちに違和感に気付き、首元に手を伸ばすと、びくりと体を震わせた。
首にチェーンの感触がない。
「ペンダントを失くしでもしたか」
何も答えない彼女の髪を撫でると、彼女は憎々しげに眉間に皺を寄せた。
「わざわざ取りに行くつもりか? 見たところ高いものでもないだろうし、買い換えればいいだろ」
「あなたに何がわかるの……!」
彼女は頭を撫でていた手を振り払い、声を荒げる。
けれどすぐにはっとしたように口を噤んだ。
一呼吸おいて、落ち着いて話し始めた。
「……そうだね。高校生のお小遣いでも買える程度のものだし、同じものも売ってる。取るに足らないただのアクセサリーだしね」
一見すると諦めたような態度で、彼女は踵を返して基地の中へ戻っていく。
その目が、諦めない、と語っていた。
それを裏付けるように、目を離した隙に結局出て行った。
やっぱりな、とうんざりしながら追いかける。
情報屋での戦闘の最中に失くしたのだろう。
『Elysium』と掲げられた店の周囲を這いつくばって探しているところへ近付きながら、足元でかすかに踏んだそれを拾い上げた。
泥の中にあるせいで気付かなかったのだろう。あるいは彼女よりも自分のほうが探し物が得意だったというだけか。
「あったぜ」
「返して……!」
声をかけてペンダントを差し出すと、彼女はすぐに身を起こして駆け寄ってくる。
そのままペンダントを奪い取られた。
返して欲しければ、と交渉するつもりだったが、こんなペンダントひとつを人質に取るほど落ちぶれてはいない。
彼女はすぐに指先で表面の泥を拭うと、安堵したような顔になる。
自分に対しては一度も向けなかった表情に、どうしようもなく苛立った。
「見つけてやったのに、随分な態度だな」
「……見つけてなんて頼んでない」
まだ泥だらけのそれを、彼女は首に回した。
だが上手く着けられないらしく、手間取っている。
見兼ねて手を貸してやると、留め具が破損しているようだった。
それを告げると、彼女は仕方なさげに息を吐いて、揃って基地に戻った。

さすがに泥だらけだという自覚はあったのか、基地についてすぐに、彼女はシャワーを貸してほしいと申し出てきた。
それを快諾し、彼女がペンダントを客間に置いてシャワーを浴びている間に、件のペンダントを押収した。
泥を綺麗に洗い流し、色や文字が消えない程度に表面を軽く磨く。
ついでにチェーンの留め具を直し、多少は壊れにくいように細工して、客間に戻しておいた。
取るに足りない作業だった。数日後には、そんな作業をしたことすら忘れるだろう。
自室に戻って本を読んでいると、扉が静かに開かれ、彼女が顔を出す。
「これ……」
本から顔を上げれば、その顔にはかすかな驚きと喜びが浮かんでいる。
「あなたが?」
「そう思うなら、そうだろうな」
「……ありがとう」
彼女は大事そうにペンダントを抱き締めた。
そんなペンダントが何故そこまで大事なものなのか、ほんの少しの興味はあった。
「『When U come back』か。自分のために買ったものじゃないな」
誰かに貰ったものか、あるいは誰かに贈ったものが戻ってきたか。
それを聞こうとすると、彼女はすぐに顔をしかめた。
「あなたに言う必要ある?」
まだ懐かないな、と小さく息を漏らす。
傍らのキャビネットを漁り、小さな箱を投げて寄越す。
子供の玩具のような、簡素なダイヤル錠がついているものだ。
「大事なものならしまっておけ。その程度の鍵でも、ないよりはマシだろ」
箱を受け取り、そしてすぐ部屋を出ていこうとする。
けれど足を止め、振り返って部屋の中を見回した。
「あのブローチも、こんなふうに鍵のついたどこかにしまってある?」
「さあな」
この部屋の中には鍵のついたキャビネットやケースはいくつかある。
彼女はそのうちのひとつに目星をつけたらしく、一歩踏み込んだ。
すぐさまEvolを発動して彼女を拘束する。
もちろん、そんなところにブローチをしまってはいない。
残念だったな、と鼻で笑うと、先程までのしおらしかった様子は嘘だったかのように、彼女はまた罵声を浴びせてきた。

家族を殺された、と彼女は言った。
ならばあれは家族の形見なのだろう。
自分には家族というものがいなかった。
故に家族を失う悲しみはわからないが、大切な宝物を奪われる腹立たしさなら理解できなくもない。
「アキラ、カゲト」
「はっ」
呼ぶと、どこからともなく返事が聞こえる。
「彼女の『家族』を調べろ」
「すぐに」
それからすぐに、二人は家族の情報を持ってきた。
例のオークションを終えて基地に戻る頃には、充分すぎるほどデータが揃っていた。
さすが善良な臨空市民だ、市役所が住民票も戸籍もデータを持っていたから、入手は容易だった。
裂空災変の後、彼女と、後に彼女の兄になる少年は、とある老女に引き取られた。
二人とも本来の家族と死に別れたのだろう、と思ったが、不思議なことに『兄』のそれ以前の記録は出ては来なかった。
ただ『祖母』については研究員だったらしく、そういえばあの工房の男とも知り合いのようだった、と思い出した。
とにかく、『家族』になった三人は、仲睦まじく暮らしていたようだ。
『兄』とやらは臨空で高校を卒業したあと、天行で航空アカデミーに通い、そのままパイロットになったらしい。
高校の頃は身に付けていなかったペンダントを、アカデミーに入ってからは身に付けている。
きっと家を離れる餞別に、と彼女が贈りでもしたのだろう。
血縁がないことを除けば、『普通』の家族だったはずだ。
兄と祖母、そして彼女の写真から、幸福な雰囲気は伝わってくる。
だが花浦区での事故で兄と祖母は死亡し、彼女だけが生き残った。
またも不思議なことに、家の焼け跡から死体は見つからなかったという。
奴らが仕組んだ爆発事故、死体がないのに死亡扱い。
おかしいということはさすがに彼女も気付いているだろう。
だからこうして危険も顧みずに調べているのだろうから。

その首にかけられていたはずのペンダントが再び姿を消したのは、数カ月後に再会した時のことだった。

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