胡蝶の夢
蝶になる夢を見た。
蝶になって、三成の周りを飛ぶ夢だ。
三成は蝶になった彼には気付かず、ただ前を向いて歩き続けていた。
何を言っても三成は歩みを止めない。
だが蝶を払い除ける仕草もしない。
まるで、蝶そのものが目に入っていないかのようだった。
ああ、嫌な夢だ。いっそこの身を砕いてしまおうかと三成からふいと離れると、三成は振り返った。
「刑部。何処へ行く。私から離れるな」
ああ、やはり嫌な夢だと思ったところで、目が覚めた。
不思議なものだったと薄く目を開けて体を起こすと、隣に控えていたらしい三成に支えられた。
「目が覚めたか」
「やれ三成。何時から其処に鎮座していた」
「ほんの半刻程だ」
三成は優しい。他の誰にわからなくとも、彼にはわかる。
彼はそれが嬉しくもあり、愚かしいとも思っていた。
未だ彼の体を支えている手を軽く振り払った。
「ぬしに小姓の様な真似はさせられぬ。何ぞ所用があるならば叩き起こせばよかろ」
「叩き起こすほどの所用ではない。行軍の確認に来ただけだ」
そう言うと三成は、彼に向かって話し始めた。
彼は話を聞きながら、先ほどの夢を思い出していた。
夢だとわかっているのに、妙に現実味を帯びていた。
あのような感覚は初めてだった。
本当に自分が蝶なのではないかと思ったほどだ。
あの夢が本物の自分で、今の自分は蝶が見ている夢なのではないかと。
「刑部。聞いているのか」
あまりに考え込んでいたのか、三成に咎められた。
考え事はしていても、話をきちんと聞いていたのは確かだ。
「無論よ。雑賀と契約を交わしに行くのであろ。徳川も雑賀を狙うと聞く。急がねばなるまい」
「わかっている。すぐに出る」
三成は立ち上がろうと腰を上げかけたが、何を思ったのか再びその場に座った。
「刑部。先程、何を考えていた」
やはり長年の付き合い。隠し事はできぬなと、彼は内心笑った。
「何、大したことではない」
「私には話せんことか」
「疑われたものよ」
これは、三成なりの『心配』であると、彼は知っている。
ならばその心配を少しは晴らしてやろうと、先ほどの夢を話した。
「三成、われは此処に在ると思うか」
「どういうことだ」
「夢現のマボロシかも知れぬぞ」
ヒヒ、と喉を鳴らして笑うと、三成はくだらんと言いながら彼の手を取った。
病に犯された彼にためらいもなく触れるのは、三成くらいのものだった。
「貴様はここに居る。私の傍らに」
真っ直ぐな目。光を宿した目。
たとえその光が、希望の光ではないとしても。
「ぬしがそう言うならば、そうよな」
あの夢の中で、彼は蝶だった。
だが、そんなものではないと彼は思っていた。
どちらかと言えば、光に群がる羽虫だ。
三成という月の淡い光に群がる、下賤な羽虫。
それでいい。羽虫がいい。
蝶は陽の光の下に生きられても、羽虫はそうではない。
羽虫は陽の光には熱くて近寄れないのだから。
月の光のような、冷たい光が好きなのだ。