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私の先生

珍しくゲームを買って、早足で家に帰る。
普段はゲームなんてほとんどしないのだが、これだけは別だ。
帰ってきて手洗いもそこそこに、ソファーの上に胡座をかいてゲームを起動した。
今日、このあとレイが来ることになっていたことも忘れて。
「鍵が開いていたぞ」
数分後、呆れながらレイがやってきて、部屋に入りながら鍵を締めてくれる。
「あ、レイ。ありがとう」
そんなレイに視線も寄越さずに手元のゲーム機に夢中な私を見て、レイはわかりやすくため息をついた。
床に散乱したコートや鞄も拾い上げてくれていることがわかったが、私はそれどころじゃなかった。
「そんなに必死になって、何をやっている?」
「ゲームだよ」
「ゲーム? 珍しいな」
レイはきっちり手を洗ってから、私の隣に座った。
画面を覗き込んでくるが、一瞥だけしてすぐ興味を失った。
「恋愛系のゲームか?」
「よくわかったね」
「それだけ画面に顔の整った男が映っていればな」
レイだって負けてないんだけど、とは言わない。
このゲームは私がハイスクールに通っていた頃に出たゲームの続編で、当時は仲間内でかなり流行っていた。
続編といってもキャラクターは一新されていて、前回とはまた違った性格のキャラクターが揃っている。
「医師は出ないのか?」
「学園が舞台のゲームだからね。あ、でも担任の先生はいるみたい。いいなー、担任の先生との秘密の恋!」
わざとらしくそう言うと、レイはぴくりと反応を見せた。
そうか、と低い声が聞こえる。
「お前は教師と恋愛がしたかったのか?」
「え? ううん。うちは女子校だったし、先生は女性かおじいちゃんばっかりだったよ。だから憧れるんだよ」
実際にこういう状況になったら面倒くさそうだけど、と付け足す。
秘密の恋なんてきっと私には向かないだろう。
今のレイを見ていればよくわかる。
「うーん、先生かっこいいなー。決めた! 最初は先生からにしよう!」
言いながらコマンドを実行し、選択肢を選んでいく。
穏やかで心優しいけれど、どこか陰があり、過去に秘密を抱えた教師。
交流を深めていけば彼の心の内も明らかになっていくだろう。
そのためには、選択肢を間違えないことが重要なのだが。
クラスメイトたちと違って大人な彼は、その分ガードも硬い。
簡単には秘密を打ち明けてくれない。
そこから一時間ほど手元の画面に向き合っていた。
レイはその間何も言わず、私が飽きるまで待つつもりなのか、本を取り出して読み始めていた。
先生、先生、と何度も連呼しながら、徐々に教師のヴェールが剥がれていくのをわくわくしながら進めた。
「せんせぇ……」
「おい」
きっと重要な分岐点だろう、というところで、レイに顎を掴まれ、強引にそちらを向かされた。
しばらく画面を見つめていたせいでドライアイになっていたのか、レイに上手く視点が合わず、数度瞬きする。
ようやくレイの顔が見えた時、レイはどこか面白くなさそうな顔をしていた。
「お前の『先生』は私だろう」
「は……」
驚いた拍子に、どこかボタンを押してしまったらしい。
手元のゲーム機で、おそらく選択肢を誤ったであろう音が鳴る。
「はい……」
けれどこちらの『先生』の選択肢は間違えない。
私はゲーム機の電源を切って傍らに置き、勢いよくレイに抱き着いた。
「ごめんね、せんせ」
「わかればよろしい」
レイは満足したようで、優しく、けれど強く抱き締められた。

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