眠る、肩
三成はとても有能な男だった。
反面、とても不器用だった。
こと人付き合いにおいて、正直すぎる彼は衝突も多く、正直すぎる故に裏を怪しまれて誤解も多い。
だが、それだけではない。
三成は、自身のこととなると度が過ぎるほどの無頓着だった。
例えば食事を取らない。睡眠を取らない。
それで平気かといえば、決して平気ではない。
倒れかけたことも何度もあり、実際に倒れたことも何度もあった。
豊臣にいた頃であれば、子飼いたちがまだ気にかけてくれてはいたが、彼らと東西に分かれてからはそうもいかない。
その頃には、三成の奔走は輪をかけて悪化していた。
「三成」
「吉継か」
吉継が襖を開け、一歩踏み入っても三成は振り返ることはない。
声もかけずに殿の部屋を開けるのはあなたくらいだ、とは左近に言われたことである。
「そろそろ眠らないと、また倒れるぞ。もう三日は眠っていないだろう」
「しかし、まだやるべきことがある。眠るわけにはいかない」
文机に向かう三成の隣に腰を下ろしてみても、三成は一向に顔を上げなかった。
これは面白くないなと、吉継は忙しなく動く筆に手を伸ばしてみた。
「吉継、何を、」
「もう休め。倒れられては、俺や左近が困る」
「……しかし」
半ば強引に筆を奪い取り、三成の頭を自分の肩にもたれさせた。
三成は突然のことに驚いたらしく、体を強張らせている。
吉継はそれに構わずに、肩にもたれる三成の髪を撫でた。
「今は眠れ、三成」
「止せ、」
吉継の撫で方は気持ちが良い。
目を細めれば、そのまま閉じて眠ってしまいそうなほどだった。
三成はしばらく抵抗を試みたが、やがて船を漕ぎ始めた。
「……吉継」
意識が飛びそうになる直前、ぼやけた口調で三成は言った。
「四半刻で起こしてくれ。それまでは肩を借りる」
「わかった」
小さく笑いながら答えると、三成は目を閉じて小さな寝息を立て始めた。
三成が眠ってしばらくしても、吉継はその髪を撫で続けた。
「これはまた、珍しいものが見れましたね」
左近は吉継の肩にもたれ、頭を撫でられながら眠る三成を見て呟いた。
元々三成に所用があって部屋を訪れたのだが、『殿』と声をかければ、返ってきたのは『左近か』という吉継の声だった。
三成は今ここで眠っている、用事があるなら入ってくれば良い、と言われ、珍しいもの見たさもあって立ち入れば、そこには予想以上に珍しい光景があった。
「いつからこの状態なんです」
「間もなく一刻になる」
三成は重い方では決してないが、それでも流石に肩が痺れかけていた頃だった。
「四半刻で起こせと言われていたんだがな。ここまで眠っていたら、起こすのも気が引ける」
「そうですねえ。しかし、起きたら怒られますよ」
構わない、と言う吉継はどこか楽しそうだった。
やれやれと溜息を吐きながら、左近は眠る三成をまじまじと見つめた。
綺麗な顔だ、と前々から思ってはいたが、眠ると幼さもそれに加わる。
長い睫毛に気を取られていると、やがてその睫毛が小さく動いた。
「よし、つぐ……」
「もう起きたのか」
「ああ。左近もいたのだな」
「殿に用事がありましてね。けど、寝るってんなら後にしますよ」
「構わない。何だ」
三成が退いたすぐ後に、吉継は軽く肩を回した。
骨と骨がぶつかるような不吉な音が響き、三成と左近はつい吉継を見やる。
「……すまない、吉継。重かったのだろう」
「大したことはない。それより、左近の用事が終わったら、飯もしっかり食べろ」
それだけ言い残し、吉継は三成の部屋を後にした。
四半刻という約束を無視して一刻も眠らせていたと知ったら、三成は怒るだろう。
何て言ってくるだろうかとそれに見合う言い訳を考えながら、もう一度肩を回した。
ぎし、とやはり不吉な音が鳴り、僅かに痛みもあるが、三成のためを思えば愛しい痛みだと小さく笑った。