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真っ白な夜

どこまで歩いてきただろう。
吐き出す息が白く曇るほどでもないが、NO.6に比べたらずっと涼しい夏の夜。
世界に六つ決められた都市の、壁の外側。
旅をするには良いが、永住には向きそうにない。
確か、旧世紀まではハムレットの舞台になった国の名で呼ばれていた土地だ。
薄手のシャツの上に羽織った超繊維布をより強く抱き締めて、低い位置に停滞する太陽に手をかざした。
沈まない太陽がある、と聞いたことはあったが、実物を見たのは初めてだった。
時計を持たずに旅をしている自分にとって、太陽と星の位置は重要だ。
それを思えば、この土地に来たのは間違いだったのかもしれない。
けれど、世界中のどこでも見れるわけではないこの光景を見たというのは、少しばかりの自慢話にもなろう。
きっとあいつは羨むだろう。目を輝かせて話を聞きいるだろう。

そこまで考えて、自嘲した。
会うつもりなのか、あいつに。
会って、言葉を交わすつもりか。
いつになるかわからないのに、この光景をあいつに教えたいと、ずっと抱えて旅をするつもりか。
自分自身の思考に苛立った。
そんなものを抱えていては荷物になる。
捨ててしまえ、と頭ではわかっているのに、この光景を刻み付けたいと、心が叫ぶ。

寒い。凍え死ぬほどの寒さでもないはずなのに、ひどく寒い。
ふ、と息が漏れた。
それが溜息だとは思いたくもない。
時折、本当に時折、どうしようもなく夜が怖くなる。
ひどく寒くなって、誰かに会いたくなる。
違うな、会いたいのは一人だけだ。
そのたった一人がいないだけで、こんなにも。
これが『寂しい』という想いなのだろう。
そんなものは知らないはずだった。あいつに会うまでは。
出会ってしまったから、隣に人がいる温かさを知ってしまったから、あいつの温もりを感じてしまったから。
こんなにも、寂しい。

西ブロックにいた時から、少なからず感じていた。
もしあいつを失ってしまったら、どうしたらいい、と。
その答えは、今、あいつから遠く離れたこんな場所で見つかった。
「紫苑」
日が沈まない、真っ白な夜に、白い髪を呼びかける。
読んでいた本からぱっと顔を上げて、真っ直ぐこちらを見つめて、なんだい、と返事をする。
その情景は瞼の裏にこんなにも見えるのに、声はすぐそばに聞こえるのに、目を開ければここにはいない。
「会いたい」
鼻にかかるような声になる。
泣いてなんかいない。女の子じゃあるまいし。
これはきっと、少しばかり寒いせいだ。
ず、と鼻をすすって、また歩き出した。

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