流氷の行方
設楽にとって、紺野は初めての人だった。
初めて友達と、親友とも呼べる人だった。
初めて自分から家に呼んだ友達だった。
初めて二人だけで出かけた友達だった。
それは紺野にとっても同じことだったらしい。
「この間、設楽が僕に電話してきただろ」
先日の課題でわからないところがあり、教えろ、と電話をしたのだった。
その様子を近くで見ていた紺野の姉が、電話のあとでこう言ったらしい。
「あんたがそんな風に友達と会話するの珍しいね、って」
「珍しい? 紺野はいつもこうだろ?」
「うん。僕は設楽に対してだけ気を抜いてるみたいだ」
気のおけない友達とはこういうことなのだろうと設楽も実感していた。
それこそ家に呼んだあと、設楽もやはり同じように言われたのだ。
家族以外の前でそんな風に笑うなんて珍しい、と。
やがて、初めて共通の知り合いができた。
生徒会の後輩だという彼女は、設楽にとって知り合いだった桜井兄弟とも友達で、気が付けば紺野と三人で出かけるようになっていた。
三人一緒は居心地がよかった。
気のおけない友達が二人になるというのは楽しかった。
けれど、仲が良いからこそ、紺野が彼女を憎からず思っていることにも気付いてしまったし、設楽本人が同じように彼女を思っていることにも気付いてしまった。
気が付いてしまったら、三人一緒にはいられない。
初めて好きになった女の子だった。
初めてチェスを教えた人だった。
初めてピアノに関係なく付き合ってくれた二人だった。
だからこそ、どちらも失いたくなかったのに、それでも彼女を譲れなかった。
初めてできた友達と、初めての喧嘩をした。
「……今度の日曜、暇か?」
喧嘩は尾を引き、二人で出かける最中にも彼女が紺野を気にかけていることはわかった。
きっともう、それぞれの心は決まっているのだ。
だけど、ごめん。でももう少しだけ。これで最後にするから。
祈るように誘った映画に、彼女は重々しく頷いて、遠慮がちに電話が切られた。
電話を終えてから、そういえばこれから見に行く映画は何だっただろうかとようやく調べて、それがアザラシのドキュメンタリーだったと知った。
それこそ自分よりも、紺野と一緒に見たかっただろう。
それでも待ち合わせ場所に現れた彼女は、きっちりと身なりを整えて来ていた。
その服装に軽く感想を述べて、目を逸らすように映画館の中へ入る。
隣に座っているのに絶対に触れ合わない彼女ばかりが気になって、映画のストーリーは全く頭に入ってこなかった。
これは何の映画だったか、と流氷の上のアザラシをぼんやり見つめていた。