月下佳人
マンションに帰った私を迎えてくれたのは、大量の月餅を持った管理人だった。
彼女は笑いながら、その大量の月餅をこちらに差し出す。
曰く、たくさん貰ってしまったからあなたも食べて、とのことだ。
こんなに食べきれない、と困り果てていると、甘いものが好きな恋人にでもあげて、と管理人はまた笑う。
件の恋人の家に行くと、車はあるが明かりはついていない。
留守なのだろうかと思いつつインターホンを押すが、やはり返事はない。
彼の家の電子錠の番号は知っている。
慣れた手つきで自分の誕生日を入力すると、小さな解錠音が聞こえた。
「レイ? いないの?」
もしいなければ、訪ねたけれどいなかった、勝手に入って悪かった、とメッセージを送っておこうと思った。
けれど、入ってすぐのリビングに彼はいた。
窓際近くのソファーに座ったまま、肩が小さく上下している。
膝の上には畳んだラップトップを抱えていた。
休みの日のはずなのに仕事をしていたのだ。
そしてうたた寝のつもりがこんな時間までこんなところで眠ってしまったんだろう。
今夜は満月だ。
開け放されたカーテンから、眩いばかりの月明かりが差し込んで、レイの顔を半分だけ照らしている。
長い睫毛が伏せられている。
その伏せられた瞼の向こうに、もうひとつの月があることを私は知っている。
ライトグリーンのような、ヘーゼルのような、金色のような、澄み切った満月のような瞳だ。
私は彼のその瞳が好きだった。
思えばレイの顔は、お互いにもっと幼かった頃から知っていたのに、瞳が綺麗だと思ったのはつい最近のことだ。
昔のほうが子供らしく目は大きかったはずなのにどうしてだろう、と思い返してみると、昔のレイはあまり私と目を合わせてくれなかったのだと思い出す。
それは幼かったゆえの照れ隠しなのだと、彼本人が教えてくれたのはやはりつい最近のことだった。
顔を近付けて、その顔を見つめる。
息遣いが聞こえるほど近く。息をひそめて、ただじっとレイを見つめ続けた。
やがてその睫毛が震えたかと思うと、切れ長の目がゆっくりと開かれた。
長い睫毛に縁取られた瞳は数度瞬き、ぼんやりと私の姿を捉える。
「……来ていたのか」
「こんなところで寝たら、体を壊すよ」
半分だけ照らされたレイの瞳は、本当に今夜の満月のような金色に見えた。
照らされないもう片方は、月の裏側でも見るかのように深いグリーンに見える。
思わず手を伸ばして、その頬を撫でた。
「レイの瞳って、やっぱり綺麗だね」
レイは小さく笑い、大きな手がこちらへ伸ばされる。
私と同じように、彼の手に頬を撫でられた。
「お前も、綺麗だな」
すると、言った本人のレイは、自分の発言に驚いたかのように、一瞬だけ僅かに目を見開いた。
すぐに目を逸らし、私の顔からも手を離し、その手は彼自身の目元を覆う。
「……違う、間違えた」
「どういうこと?」
「失言だった」
「失言だった!?」
綺麗、と言われて悪い気はしなかったのに、それが失言とはどういうことだ。
そう詰め寄ろうとしたけれど、目を覆ったレイの耳が、暗がりでもわかるほど赤くなっていて、なるほど、と思った。
「まだ夢の中かと」
「寝惚けてたんだ?」
ようやくレイは目元から手を離した。
どこか気まずそうに、眉根が寄せられている。
「私の夢を見てたの?」
「ああ」
どんな、と聞こうとしてやめた。
夢の話もいいけれど、現実にある大量の月餅の話をしようと思った。
レイの隣に勢いよく座り、窓の外を力いっぱい指差す。
「レイ、今夜は満月だよ」
「ああ、そうだな」
「ねえ、今夜の月も綺麗だね」
「……ああ。お前と見ているからだな」