月が綺麗だから
左近と二人で出掛けた日、夕方にぽつりと雨を感じて、近くにファミレスに立ち入った。
それからはバケツを返したような土砂降りで、私たちが一息つく頃にはファミレスの中は満員だった。
夕立だろう、と思っていたが、七時を過ぎてもなかなか止みそうもない。
「……雨、止まないな」
何杯目のコーヒーを飲みながらついそう溢した。
言ってから、恥ずかしいことを言ってしまったと顔が熱くなる。
ちらりと左近を盗み見ると、そうだなあ、と言いながら窓の外を眺めた。
気付かなかったのか、知らないのか。
どちらもでもいいが、解らないならそれで良い。
しかし、少しばかり寂しくなるものだ。
「今日、スーパームーンらしいのにな」
「スーパームーン?」
曰く、月が普段よりも近いところを通るために、大きく、眩しく見えるらしい。
だがこの雨ではそれも叶わないだろうと、左近は落胆しているようだった。
月が見たいなど、随分意外なことを言う。
もういっそ夕飯もここで済ませてしまおう、と左近は言い出し、私もそれに同意して改めてメニューを開いた。
あんたは食べなさすぎ、と言いながら左近は次々に注文し、それを食べさせるものだから、全て食べ終えた頃にはすっかり満腹だった。
「お、雨、止んだな」
いつの間にか雨は止んで、雲が切れている。
雲の間から、左近が言うような大きい月が見えた。
揃ってファミレスを出て、明るく輝く月を見上げた。
「綺麗だな、月」
意味が解って言っているのだろうか。
どちらでもいい。返事は決まっている。
「ああ。死んでも良いくらいだ」
左近は怪訝な顔で、こちらを見た。
「また、そうやって物騒なこと言う」
やはり、意味が解って言っていたわけではないのか。
思わず深く溜息を吐いた。
「野暮天」
「え、なに」
「野暮天め、と言った」
精一杯の甘え、左近が言うところの『デレ』であったのに、ああも流されては、流石に寂しい。
夜道で見えないだろうが、私の顔は真っ赤だと言うのに。
踵を返して家までの道を早足で歩くと、左近は小走りでついてくる。
やがて隣に並んで、手を握られる。
普段ならば外で繋ぐなと怒るところだが、今日は喉まで出かかったその言葉が出てこない。
月の光は人を狂わせると聞いたことがあるが、私も少しばかり狂っているのか。
先程の左近への返事も、きっとそのせいだ。
憎々しげに見上げた月は、変わらず大きく眩しく、綺麗だ。
「左近」
私は繋いだ手を引っ張り、左近を引き寄せて、耳元で小さく囁いた。
「 」
このようなことをするなんて、やはり私は狂っている。
これも全て、月が悪い。