春夏冬仲
みんなでごはん
この学校では、というよりも大抵の高校ではそうだろうが、家庭科の授業があるのは一年次のみだ。
よって、二年次から編入してきた勝家は、この学校の調理室に踏み込んだこともなければ、見たこともない。
教室の配置の関係で、前を通ることすら稀だった。
そのため、左近が「今日調理実習でつくってきた」と見せびらかすハンバーグに、ただただ首を捻るばかりだった。
「それを見せて、私にどうしろと」
「なんかあるっしょ。今日調理実習だったんだな、とか、旨そうだな、とか、一口よこせ、とか」
「伊達氏」
「You Are Umasou」
「あんたの分はねーし。っつか、もうちょい真面目に英訳してくんね? 絵本じゃねーんだからさ」
左近は左近で自分が食べる昼食は購買で買ってきたし、勝家と政宗も同様に昼食を購入済みだ。
小さなハンバーグ数個は、男子高校生の胃に納まらない量ではない。
が、左近は勝家に食べさせるつもりであり、その勝家は食べる気はまるでない、というちょっとしたすれ違いが起きていた。
「だから、折衷案で俺が食ってやろうって言ってんだろ」
「全然折衷してねーよ、それ」
左近が勝家に食べさせようとしていた理由は単純で、勝家の食べる量が少ないからだ。
勝家が購買で買ってくるのは大抵パン一個、多くて二個。
それで足りる、と本人は頑なに言うのだが、自分を基準にするととてもそうは思えない左近のおせっかいだった。
勝家からすれば、少々いい迷惑ではあったが。
「つかさ、勝家って料理できんの?」
「可もなく不可もなく、と思うが」
全くできないわけではないが、レシピ本も見ずにすらすらと作れるほど慣れてもいない。
思い出した頃に自炊はするが、大抵はコンビニやスーパーで出来合いを買ってきて済ませてしまう。
その話を聞いて、勝家の自宅の冷蔵庫に干からびた野菜が入っていたのはそういうことか、と納得した。
「そういうアンタはどうなんだ、BadBoy?」
「調理実習くらいなら何とか、ってとこだな。竜さんは?」
「アンタらを基準にするなら、できる方だと思うぜ」
意外だ、と思わず目を丸くしたのは勝家だけではない。
その横で左近も、勝家以上に目を丸くして驚いている。
政宗は不遜に鼻を鳴らした。
「Say rude.」
「それは謝りますけど……なんでそんな自信ありげなんすか」
曰く、一学年上の片倉という生徒が料理が得意であり、諸事情で同居している関係上、自然に覚えた、とのことだった。
家では片倉が料理を請け負っているため、政宗が厨房に立つことは多くはないが、片倉がやっているさまを見続けていたり、時折気まぐれから手伝ったり、そうやって覚えたようだった。
「俺が教えてやろうか」
「マジっすか」
俺料理のレパートリー増やしたかったんすよね、料理できる男ってかっこいいっしょ、と嬉々として話す左近に小さく溜息をついた。
「いいから、勝家の口にハンバーグ押し付けるのやめてやれ」
放課後、調理室を借りても良いか、と家庭科教師と料理部部長のまつに聞けば、今日は部活もないし構わない、但しまつが現場監督を行う、材料は調味料含め全て持参すること、と返された。
一度近くのスーパーに材料を買いに走り、そのまま帰宅しようとする勝家を引っ張って、揃って調理室に籠ったのはすっかり夕方になってからだった。
「何故私まで……」
「アンタだって、レパートリー増えても困んねえだろ。簡単だから、覚えろ」
簡単、と称するそれは鯛の煮つけだった。
スーパーで買う材料もアラにしたから材料費も安く済む。
煮つけ、と聞くと難しそうではあるが、実際は材料を放り込んで放置しておくだけの簡単なものだ。
「まつも勉強させて頂きまする」
「いやー、楽しみだね! まさか独眼竜が料理までできるなんてね!」
何故慶次までいるのか、とはその場にいる誰もが思ったが、あえて誰も口にはしなかった。
ここにいても特に害はないだろう、と全員の胸の内が珍しく一致していた。
特に利もないだろうが、という勝家の胸中も、恐らく他と一致している。
「まず酒」
「え、ちょ、それどうやって買ってきたの」
「島津先生から拝借いたしました」
飲むためではないとはいえ、生徒に酒を渡す教師もいかがなものか。
そして料理部の部長がそんなことをしていいのか。
いきなり問題ありげなスタートだったが、そんなことはお構いなしに調理は進む。
「それから砂糖、みりん。今回はみりん風だけどな」
流石の島津もみりんは持ち歩いていなかった。
だが高校生ばかりでは、スーパーでみりんは買えない。
仕方なく、みりん風調味料に落ち着いた。
それらの材料を鍋に入れ、火にかける。
すぐにぐつぐつと煮立ち始めた。
「で、ここに魚を入れる。その上から醤油、水をかけて、蓋して弱火で放置だ」
「落し蓋はしないのですか?」
「ま、好みだな」
20分も煮れば一先ずは完成だった。
あとは、火を消した状態で一時間も置いておけば、味がしみこむ。
今回はすぐに食べてしまうが。
この煮汁を飯にかけても美味いぜ、とは言うが、肝心の白米は今はない。
「じゃあ、いっただきます!」
「いただきまする」
「いただきまーす」
「……いただく」
「Eat a lot.」
一口食べて、それぞれが思い思いに小さく声を上げた。
政宗は、また不遜に鼻を鳴らす。
「美味しゅうござりまする」
「うん、シンプルだけど美味いね」
「確かにこれなら簡単っすね」
特に感想も言わずに黙々と食べ続ける勝家も、これを気に入ったらしい。
それを見て、まずは安心した。
問題は、勝家がこれを自宅で作ってくれるかどうかだが。
「で、どうだ勝家。これなら家でも作れるだろ」
「伊達氏、生憎だが、私の家には鍋がない」
調理器具はフライパンしかない、と言う勝家には、政宗ばかりでなくその場にいた全員が驚いた。
煮物は翌日までも残るから、正直作りたくない、と勝家は続ける。
「なら、うちに食いに来るか。時々は」
「御迷惑でないのなら、そうさせて頂こう」
「あ、ずっり、竜さん! 抜け駆けっしょ、それ!」
何がどうずるいのかは勝家にはとんと見当がつかなかったが、この人数で食卓を囲むのも悪くないだろう、とぼんやり考えていた。
まだ遠い伊達家の夕食を密かに心待ちにしながら、外はいつの間にか夜になっていった。