春夏冬仲
さらに日々
「夏休みだってのに、なんで学校なんて来なきゃいけねーんだろ。なあ?」
門を抜けたところで肩を叩かれ、振り返れば派手な赤毛はそう言った。
「……そうだな」
何故夏休みになってまでお前に会わなくてはならないのだろうな。
という台詞を飲み込んで、たった一言だけ返す。
春、色シャツに短ランという衝撃的な出で立ちで登場し、夏には赤と桃色のツートンシャツというまたも衝撃的な出で立ちで登場した左近は、珍しく白一色のカッターシャツを着ている。
足元のブーツも今日はない。スニーカーだ。
ベルトはいつも通りなのだろうが、今日はいつもと違ってカッターシャツを外に出しているために、さして目立たない。
「普通の格好もしようと思えばできるのか」
耳元は相変わらず騒がしいが。
すると左近は、まあな、と呟いた。
「かっこいい?」
「普段よりは好感が持てる」
「お、やった」
「シャツをスラックスに入れ、ボタンを第二まで閉め、捲った袖を直せばな」
「ええー……」
ツートンシャツを着ている時点で、普段は何もかもアウトである。少なくとも勝家にとっては。
左近は口で文句を言いつつも、それを直す気はないようだ。
白シャツの時点で俺にしてみたらだいぶ譲歩だし、などとぶつぶつ言っている。
「お前は何故袖を捲っているんだ」
「これ? かっこよくね?」
「意味がわからない」
勝家は夏でも長袖を着ているが、それは日焼けしやすい為だった。
それに、クーラーの効いた教室も勝家には少々寒い。
だが左近はいつも長袖を捲っている。
日焼けしやすいわけでもなく、寒いわけでもないなら、半袖を着てくれば良いものを。
「女の子ウケがいいじゃん。萌えポイントっしょ、腕まくり」
「そうか?」
「あんたもやってみればわかるって」
言うが早いか、左近はカフスボタンを外し、勝家の袖を捲り上げた。
肘から下を露出させたところで、気まずそうな顔をする。
「あー……ほら、あんたは白くて細いから……」
言いながら、捲った袖を戻していった。
言いたいことはわかる。
白くて細いから腕まくりが似合わないのだろう。
確かに左近ほど筋肉はない。
本人には自覚はある。自覚はあるが、癪だ。
腹いせに左近の袖を引き下ろして、怒る左近を尻目に教室に向かった。
「Morning!」
「お早うございます」
いつもより人数の少ない教室。
登校するや否や飛んでくる英語はいつも通りだ。
政宗は青いタンクトップの上に半袖のカッターシャツを羽織っている。
彼もまたほどよく筋肉があり、半袖から覗く腕は逞しい。
肌に張り付くようなタンクトップも、それを引き立たせている。
「……貴方は筋肉があって良いな」
「さっきの腕まくりの話か」
校門でのやり取りは見られていたらしい。
教室にまで声は聞こえないが、やり取りから会話の内容を察したと言う。
この人はパパラッチにでもなれば良いと密かに思った。
「一応野球部だしな。それなりの筋トレはしてる。bad boyは……まあ女ウケでも考えてんだろ」
政宗には見抜かれている。
政宗の観察眼が鋭いのか、左近が単純なのか。おそらく両方だろう。
クラスの約半数しか出席していない状態で授業があるはずもなく、簡単なホームルームを済ませただけで登校日は終わった。
そもそも登校日などというものはそういうものだ。
行かなかったからってどうということはない。
午後からは遊びに行こうだの、部活しようだの、各々が湧いていた。
「俺はこのまま部活だが、勝家はどーすんだ?」
「家に帰って勉強を」
「課題か。俺もまだ少ししか終わってねーんだよな」
夏休みの課題はとうに終わり、今は本屋で買ってきた問題集を解いている。
とは、政宗の名誉の為に言わないことにした。
夏休みは半分近く過ぎているが、果たして彼は大丈夫なのだろうか。
勝家が席を立つより早く、赤い鉢巻の生徒が、政宗殿ぉ、と騒がしく教室のドアを開けた。
サッカー部の真田幸村だ。
野球部とサッカー部のグラウンド争奪戦も最早見慣れた。
彼を暑苦しいと評する政宗も、勝家から見たら相当暑苦しい、ということも、本人の名誉の為に言わないことにした。
勝家はこの暑苦しい幸村が少々苦手だったが、生活態度が真面目であるところは好感が持てる。
そんなことを考えていると、幸村の後ろから左近が顔を出した。
「あ、真田さんちーっす」
「ち、ちー……?」
「おーい、勝家ー」
「……Darlingが呼んでるぜ」
「伊達氏……」
冗談でも止めてくれ。
そう言うつもりで睨むと、政宗は肩を竦めた。
そのまま立ち上がり、幸村がいるドアの方へ向かっていく。
入れ違いになるように、左近が教室に立ち入り、勝家の方へやって来た。
「なあ、俺このあとカラオケ行くんだけどさ、一緒に行かね?」
「断る。予定がある」
「そっかー……けど、夏休み中に一回くらいは遊びに行こーぜ。明日は?」
「明日も駄目だ。その次も」
毎日やることがある、と言うと、左近は頬を膨らませて口を尖らせた。
高校生の男がやるような表情ではない。
「毎日、何をそんなに用事があんだよ」
「勉強だが」
「勉強ぉ!?」
課題だけでは不十分だろう、と言えば、俺なんて課題すら終わってねーのに、と言う。
お前もかと勝家は小さく溜息を吐いた。
「学生の本分だろう」
「そうだけどさ……真面目だなあ、あんた」
突然、彼に腕を掴まれ、ぐいと引かれた。
腕を掴んだまま、彼は大股で歩いていく。
廊下で騒ぐ政宗と幸村の間をぬって、校門まで辿り着く。
「お待たせしましたー!」
「左近! 何をしていた!」
その声に見上げれば、そこには三成、吉継の他、徳川家康、竹中半兵衛、豊臣秀吉までいる。
即ち、今年度の生徒会のメンバーだ。
三成は勝家を一瞥した後、左近を睨んだ。
「何だ、それは」
「一人くらい増えてもいーっしょ?」
「ふざけるな。今日は生徒会の面々で出掛けようと言ったのだ。ただでさえ半部外者の貴様がいると言うのに、」
「まあ三成、いいじゃないか。人数が増えた方が楽しい」
家康ぅ、と今にも噛みつきそうな三成を、吉継が宥めた。
「三成よ、われも構わぬ。賢人に太閤、お二方は如何か」
「僕は構わないけど。秀吉は?」
「構わぬ」
「ならば良し!」
いーってさ、と再び腕を引かれた。
目立つ集団の一番後ろをついていく。
しかしこのメンバーでカラオケとは。
「左近、私はやはり……」
「帰る、は無し。今日は勉強休み!あんた、ちっと頑張りすぎだからさ」
「そんなことは……」
「ありゃ、自覚なしか」
握られた手に力がこもる。
それと同時に歩みが遅くなって、集団から遅れ始めた。
「空気入れてばっかの風船なんて、いつか割れちまうよ。たまには抜かねーとな」
なっ、と指先で眉間をつつかれた。
どうやら皺が寄っていたらしい。
癖になったら困る、と自分でもそこを軽く摩った。
「ところで、君たち。課題は終わっているのかな?」
カラオケに着いて開口一番、半兵衛はそう言った。
びくりと肩を震わせたのは二人だ。
左近と家康。
「ワシは物理の課題だけがどうしても進まなくてな……」
理科の課題は総じて自由研究だ。
物理ならばテーマも選びやすいだろうに。
かくいう勝家も物理だった。
「三成は何にしたんだ? 研究のテーマ」
「電磁推進船だ。レールガンをつくろうかと思ったが、刑部に止められた」
「怪我人が出るやもしれぬのでな。例えばぬしとかな」
「そ、そうか……」
中々に恐ろしい話をしている。
その横で、左近はひたすらに目を泳がせていた。
自由研究どころではない、とはとても言えないだろう。
だが現実は非常だ。半兵衛は左近の肩をぐわしと掴んだ。
「それで、左近君は?」
「え、えっと……」
「まあ聞くまでもないね。明日から僕たちがつきっきりで見てあげよう」
「半兵衛様『たち』って……」
「僕たち」
半兵衛は、自分と秀吉、三成に吉継を指差した。
泣き出しそうな表情をしたくなるのもわかる。
考えるまでもなく、計画的に片付けない左近が悪いのだ。
すると左近は、すぐ隣にいる勝家の腕を勢いよく掴んだ。
「勝家! あんたが助けてくれ!俺を!」
「何故私が」
「あんたのことは俺が助ける、俺のことはあんたが助ける、そんな感じで!」
どんな感じだ、と深く溜息を吐く。
不本意ではあるが、ここへ連れてこられた恩はある。
俺が連れてきたんだから、と左近は勝家の分までいくらか払っているのだ。
その金額分くらいは助けてやろうと、まずは一番時間のかかりそうな化学の自由研究について考え始めた。
よりによって何故化学なんだと、勝家はまた小さく溜息を吐いた。