春夏冬仲
日々
目の前で三つ目のパンを頬張る左近を見て、勝家はふと考えた。
そもそも左近と過ごすようになったのはいつからだっただろうか。
古い友人ではない。まず学年が違う。
勝家は二年で、左近は一年だ。
随分昔のことに思えるが、出会いはこの春、左近が入学してきた時だ。
その頃、丁度勝家もこの学校に転入してきたのだ。
五月初めには生徒会選挙も終わり、新たな生徒会が発足した。
勝家はこの春に理事長を退いた信長より、新理事長の動向を探れ、との命を受けていた。
生徒会ならば何かしら情報を得ているだろうか、と思い当り、とある昼休みに生徒会室を訪ねるつもりだった。
だが生徒会室の場所がわからず、近くにいた生徒に聞いてみたのだ。
「え、あんたも新入生? 生徒会室に何か用事? ま、いーや。俺も行くし、一緒に行くか」
それが左近だった。
その時はまだ名前も知らず、派手な赤毛だ、とだけ思っていた。
一人でひっそりと行きたかったのに、ぐいぐい連れて行かれる。
ドアを開けるや否や、彼は大声で叫んだ。
「三成様ー! 新入生連れてきましたー!」
「黙れ、左近。生徒会は部活ではない。連れて来れば良いというものでは、」
生徒会の新たなメンバーの一人である石田三成は勝家を見るとはたと動きを止め、不思議そうな顔をした。
「……貴様、見ない顔だ。本当に新入生か」
彼はこの短期間で新入生の顔と名前を全て覚えた、とは有名な噂である。
その反動と言うべきか、上級生や教師の顔と名前は殆ど覚えていないが。
「だって、生徒会室はどこか、って聞いてきましたよ。一年じゃなきゃ何だってんです」
「ぬしは確か、転入生よな。二年一組の」
座布団のようなものに座ったままふよふよと浮かんでいるのは、同じく新メンバーの大谷吉継だ。
「は……柴田勝家、と」
生徒会には他に豊臣秀吉、竹中半兵衛、徳川家康というメンバーがいたが、今ここにはいない。
そして、いずれもこの頭の軽そうな赤毛ではない。
これは誰だと赤毛を見やると、赤毛も勝家を見て、目を丸くした。
「うっそ、あんた二年だったんだ」
「して、生徒会室に何用か」
何用か、と問われて押し黙ってしまう。
新理事長の動向を探りたいとも言えない。
彼らが新理事長側についているわけではないにしても、生徒会に目を付けられると厄介だろう。
「え、俺みたいに雑用係の申し出に来たんじゃねーの?」
「左近、少し黙りやれ」
二人に黙れと言われて、赤毛は少しばかり大人しくなった。
勝家はその間に頭を必死に回転させて編み出した言い訳を口にした。
「いえ……校内を覚えようと、あちこち見て回っていただけです。生徒会室も外から眺めればよかったものを、彼が」
「えっ」
赤毛が三成に怒られている横で、吉継は目を細めてこちらをじっと見ている。
「ほう……ならば良いが」
見透かされているようだった。
これ以上の長居は危険かと、早々に頭を下げて生徒会室を出ようとする。
するとどういうわけか、赤毛まで一緒にくっついてきた。
「まーこれも何かの縁ってことで。俺、島左近っての。生徒会の雑用係。あんたは、柴田さん、だっけ」
「島、か」
この男なら使えるかもしれない。
雑用係とはいえ生徒会なのだから、何かしらの情報を掴んでいるかもしれない。
大分口が軽そうに見える。ついでに頭も。
取り入れば、情報を聞き出せるかもしれない。
そう思い、勝家は少し策を講じてみることにした。
「先程はすまない」
「いや、俺の方こそ。勝手に連れてっちまってさ」
「クラスの誰かに案内を頼めば良かったのだが、未だ馴染めず……」
人見知りで、友人と呼べるものもいない。
そう呟けば、左近は笑った。
「なら、とりあえず俺とつるんでみるってどーよ。学年違うから、ずっと一緒ってわけにはいかねーけど」
「そう、か……感謝する」
簡単なものだ。
手を振りながら教室に戻っていく左近を見て、ほくそ笑みながら勝家も教室に戻った。
五月も中盤に差し掛かり、勝家はクラスメイトの一人・伊達政宗に声をかけられ始めた頃。
「柴田さん! ちょっと緊急事態!」
いつの間に登録していたのか、そんなメールが届いた。
どうした、と返せば、中間テストの勉強に付き合ってくれ、と。
「Hey! どーした、シケた顔して」
「伊達氏。困った後輩からメールが来た」
画面を見せれば、政宗は少しだけ目を見開いた。
「一年のbad boyじゃねーか。あんたがあいつと交流あるとは驚きだな」
「成り行きで……伊達氏、島と知り合いなのか」
「知り合いっつか、有名だろ、あいつ。赤毛にピアスに短ランにブーツ。短ランは俺もだけどな」
なるほど、それで早々に先輩と教師に目を付けられたのか。
確かに左近の見た目は不良生徒のようだ。
不良といえば、同級生にもそんな感じの生徒がいたが、彼といざこざはないのだろうか。
確か、長曾我部元親、といったか。
「Ah、長曾我部とはまたジャンルが違うからな。あいつはどっちかっつったらjock系だろ」
政宗の方が余程ジョック系ではないかと思ったが、口には出さなかった。
とにかく、元親からしたら左近は歯牙にもかけない存在なのだろう。
元親と左近が揉め事を起こさないならそれでいい。
最悪、揉めたとしても勝家にまで飛び火が来るようなことがなければいいのだ。
「で、どーすんだ? 勉強、見てやんのか?」
「とりあえずは」
恩を売っておけば、大きい見返りがあるかもしれない。
その日の放課後、図書館で待ち合わせた。
左近は学校で配布される問題集を全くと言っていいほど解いておらず、だからテスト前に焦る羽目になるのだろう。
様子を見てみれば、一度教えたところは難なくできるし、要領自体は悪くないようだった。
苦手意識さえなければ、もっと上手くやれるだろうに。
「……時に、島」
「んー?」
左近は問題集から顔を上げずに応える。
「新理事長をどう思う」
「新理事長って、足利さん?」
「ああ」
すると左近は顔を上げて、腕組みをして考えた。
唸るほどのことでもないだろう、と思ったが、もう何も言うまい。
「じゃんけんで決めた、って噂があるな。旧理事長と新理事長交代の時に」
退任の理由を聞いても答えて下さらないわけはこういうことだったかと、勝家は漸く納得した。
「あと、めっちゃ金持ってるって。だからいろいろ援助してくれるかも、って話だ。冷暖房完備とか」
「……そうか」
生徒の勝家にとっては有意義な情報だが、信長にとっては大したことない情報だろう。
それ以外は取り立てて何も、と左近は問題集に視線を戻した。
やはり、生徒会程度では大した情報は得られないようだ。
だからといって理事長室に赴きたくはない。
編入の際に一言二言話したが、勝家が得意とするタイプではなかった。
そもそもにして、勝家は人の好き嫌いが多いタイプではあったが。
「よし! 数学はなんとかなりそ! あんがと、柴田さん!」
「いや」
念のためもう少し泳がせてみるかと、勝家はそれ以後、左近とつるむことが多くなった。
大した情報も得られないまま時は流れ、気が付いたら夏休みに入ろうとしている。
いつの間にか左近は勝家を『勝家』と名前で呼ぶようになっており、それにつられて勝家も『左近』と呼ぶようになっていた。
お前ら随分仲良くなったな、と政宗に言われたが、そんなことはない。断じてない。と勝家は思っている。
左近では大した情報も引き出せないからもう離れてもいいだろうと思っているが、向こうが解放してくれないのだ。
結局期末の時も面倒を見る羽目になった。
三成や吉継に見てもらえ、と言えば、怖いだなんだとのたまう。
「お前はどうして、こうも私に構うんだ」
生徒会の仕事のない昼休み、左近は二年の教室に来て、政宗と三人で昼食を食べる。
それを不思議に思って問えば、左近と政宗が逆に不思議そうな顔をした。
「いや、だって、友達っしょ。構うも何も、普通じゃん」
「トモ、ダチ……?」
あまりに馴染のない言葉に、妙な発音になってしまう。
友達、と呼べるほどの関係だろうかと短い1学期を反芻してみる。
親友には程遠い。友人と呼べるのかどうかも、私からしてみたら怪しい。
けれど居心地は悪くない。
きっと、こういうのを『悪友』とでも言うのだろう。
そんな風に思うあたり、私は大分左近に絆されてしまったらしい。
勝家は不本意ながらも納得した。
間もなく夏休みに入るが、そんな日が一ヶ月も来ないことを多少寂しく感じるのも不本意だった。
「ところでbad boy、今朝の服装チェックの結果はどうだったんだよ」
「あー、それ……なんか、反省文書いてこいって……勝家、手伝って!」
「断る」
「じゃあ竜さん!」
「Nothing doing.」
前言撤回。
やはり、一ヶ月くらい左近から解放された方が清々する。
だが、きっとそんな夏休みは来ないだろうと、心のどこかで薄々感づいてはいた。