数年後
※四部始まる前に考えたやつ
それは、言うなれば青天の霹靂、寝耳に水、足下から雉、とでも表せば良いのか。
壮五にとっては予期し得ない出来事であり、それなりに衝撃的な一言だった。
それを言ったのは社長だったか事務員だったかマネージャーだったか。
IDOLiSH7に関わることなのだから、きっとマネージャーだっただろう。
「ユニットごとの活動を、少し抑えたいと思っています」
曰く、IDOLiSH7としての知名度が上がってきた今、ユニットごとの活動よりも七人まとまった活動を重視すべきだ、ということだった。
そもそも事の発端は、IDOLiSH7に先駆けてデビューすることになったMEZZO”だ。
先にデビューした二人がある程度の基盤をつくってくれたおかげで、IDOLiSH7のデビューも、その後の人気上昇も、順風満帆とはいかないまでも、滞りなかった。
デビュー後、MEZZO”に倣い、他の五人もそれぞれにユニットを組み、それぞれで活動することもあった。
だがデビューしてしばらく経った今、デビュー当時まだ高校生だった環と一織がそろそろ成人しようかというこの頃になれば、ユニットごとの活動よりも七人の活動の方が圧倒的に多かった。
冠番組がもうひとつ増え、MEZZO”以外の二組に関しては、ユニットとしての新曲も出していない。
新規のファンの中には、ユニットのことを知らない人すらいるだろう。
MEZZO”を組んだ理由が『IDOLiSH7デビューの基盤をつくる』ことであるなら、役割は十分果たしたと言える。
マネージャーからの提言に、五人はすぐに納得した。
MEZZO”と違ってユニット名もなく、ユニットとしての曲数もずっと少ない。
一時のお祭り的催しという認識に近いようだった。
「お二人は、どうですか……?」
マネージャーが遠慮がちに聞いてくる。
MEZZO”は、未だにMEZZO”としての仕事も多い。
ユニットの活動休止に一番反対するのはこの二人だろう、とその場の誰もが予想していた。
環くんはどうだろうか、と壮五は横目で環を盗み見た。
間もなく成人を迎えようとする環は、高校生だった頃より僅かに背が伸び、体格も良くなった。
細身で中性的である壮五と、ワイルドで野生的である環の対比はあの頃よりもはっきりと出ていて、それがMEZZO”の人気を未だに落とさない要因のひとつでもあった。
「それってさ」
先に口を開いたのは環の方で、全員の視線が環に集まる。
「MEZZO”としては、もう何もしねーの? 解散、ってこと?」
今までに何度も、もうMEZZO”を解散しよう、とまで揉めたことはあった。
だが、エスカレートした喧嘩とはわけが違う。
今回はどちらにも非がなく、原因もなく、外部から無理やり引き剥がされているようなものだった。
こんなことは初めてで、環の顔に戸惑いの色が浮かぶ。
「解散するわけじゃありません。ただ、MEZZO”のみでの新曲やライブ、番組出演を少し控えたいんです。『MEZZO”の二人』ではなく、『IDOLiSH7の中の二人』として活動していただきたいと思っています」
納得できないかとは思いますが、と申し訳なさそうにするマネージャーに、強く言えるはずもない。
環は唇を噛んで、声を絞り出した。
「……わかった」
その言葉に、今度は壮五が戸惑いの色を浮かべる。
マネージャーの視線が壮五に向いた。
環を含めた、メンバーの視線も。
「壮五さんは、どうですか?」
「僕は……」
同じように唇を噛んで、できるだけ震えないように声を出す。
「……環くんが納得したなら、それで良いと思います」
六人が納得したのだから、自分一人だけ納得できないで、この場を長引かせるわけにはいかない。
自分が我慢すれば良いだけだ、と思っていた。
「は……?」
だがそれは、隣から聞こえてきた地を這うような声で吹き飛んだ。
見れば、環は眉根を寄せて、見下ろすように壮五を睨んでいる。
怒らせた、と思うより早く、環は壮五の腕を掴み、立ち上がる。
「ちょっと来い」
「た、環くん……」
「マネージャー。どっか、部屋空いてる?」
「えっと……今日は、第三会議室なら一日空いてます、けど……」
「おー。借りる」
強い力で腕を引かれ、環より遥かに非力な壮五にはどうすることもできなかった。
そのまま引っ張られ、部屋の外に連れ出される。
「タマ、あんまりソウいじめんなよ」
「は? いじめねーし」
最後に聞こえた大和の軽口も、壮五の耳には入らなかった。
大きな音を立てて、乱暴にドアが閉められる。
残されたメンバーは、あの二人がまた喧嘩にならないように、壮五の胃にまた穴を開けないように、と祈るしかなかった。
「座って」
小さな会議室に連れ込まれ、ロの字に置かれた長テーブルの端の席に着く。
その斜向かいに環が座った。
恐々顔を上げれば、怒りに顔を歪ませる環がいた。
環が何を言いたいかはよくわかっている。
壮五が何も言わないせいで揉めたことは何度もあった。
それ以降、できるだけ思ったことは言うように、と心がけてはいた。
だがそれはあくまで、MEZZO”二人だけの場合だ。
二人しかいないのだから、意見が割れて対立しても、どちらに有利も不利もない。
今回のように、六人が納得していることに一人だけで意見するようなことは、壮五はまだできなかった。
気持ちの問題なのだから、多い方が有利なわけでも、正しいわけでもない。
けれど、それでも壮五は言えない。
壮五がそうであることを環もまたよくわかっている。
だから、怒ってはいるが何も言わずに、ただじっと壮五の言葉を待った。
「……幻滅されるかもしれないけど」
「うん」
壮五がようやく漏らした言葉を聞き逃さないようにと、環は身を乗り出す。
壮五にはこれまで、『自分の居場所』というものを感じられなかった。
決められたレールの上。誰かに用意された『逢坂家の子供』という椅子。
壮五にとってはMEZZO”が、一番最初の、自分で手に入れた『自分の居場所』だった。
先に結成したのはIDOLiSH7の方だ。
だが、偶然とはいえ環とのコンビを見出され、MEZZO”として先にデビューして、広く認知された。
だからどうしても、MEZZO”の方が『自分の居場所』という感覚が強かった。
それに、IDOLiSH7は曲によっても状況によっても壮五の立ち位置は変わる。
七人でいる時。何人かでいる時。歌う時。バラエティの時。
けれどMEZZO”では、立ち位置は基本的に変わらない。
『MEZZO”の半分』であり、『環の隣』が壮五の居場所だった。
その居場所がなくなるのが、怖い。
自分自身や、環が思っている以上に、MEZZO”が好きみたいだ、と告げる壮五を、環はもう怒っていなかった。
「僕は、君の隣にいたいよ。『MEZZO”の片割れ』として、君と一緒にいたい。ダメ、かな……?」
「いーよ。いろよ」
言葉だけ聞けば高圧的とも取られかねない環の真意は、表情を見なければわからない。
ほっとしたように柔らかく笑う環も、壮五に隣にいてほしいと望んでいる。
しかし、二人がそう納得しただけでは、状況は変わらない。
だからといって、活動休止したくないとごねて、マネージャーを困らせたくもない。
どうしたものか、と二人で唸って、やがて環が、あ、と声を上げた。
「ひらめきプリン」
環からその台詞が出る時は、大抵は名案とは言い難い打開策が出てくる時だ、と壮五はよく知っていた。
「ただいまー」
「お待たせしました」
環の機嫌と壮五の胃を案じて待っていたメンバーの前に晴れ晴れとした顔で帰ってきた二人を見て、一先ず胸を撫で下ろした。
「どうだった、ソウ。タマに泣かされたか?」
「は? 泣かしてねーし」
大和の軽口を躱しながら、二人はさっきまで座っていた席に戻る。
「三十分も、何を話していたんです?」
そう聞いてくる一織も、あの頃より大人びた顔つきになった。
あの頃は壮五と並んで中性的だと言われていたのに、今ではすっかり男の顔だ。
「MEZZO”の明日について、かな」
どこか出かけるんですか、と聞いてくる陸に、そうじゃないでしょう、と一織が返し、それに更に陸が反論するやり取りは変わらない。
壮五と環は向き直って、マネージャーを呼んだ。
何事かと、彼女が身構える。
「すみません。我儘なお願いだと思うんですけど」
壮五の言う『我儘』ならささやかなものだ、とマネージャーは緊張の構えを少し解いた。
その続きを言ったのは、壮五ではなく環だった。
「MEZZO”として活動休止、ってのは受け入れることにした。でも、七人全員での仕事じゃない時は、そーちゃんと二人がいい」
「……え……」
困ったように視線を泳がせるマネージャーと、壮五の隣で僅かに眉根を寄せる一織には気付かないふりをして、今度は壮五が続けた。
「ドラマだとか、モデルだとか、そういうどうしてもという場合以外は、できるだけ二人一緒にいたいんです。もちろん、MEZZO”としてじゃなくて、IDOLiSH7として行きます」
MEZZO”としての新曲はもちろん出さない。ライブもしない。歌番組にも出ない。『MEZZO”』の名前も極力出さない。
残る仕事といえばバラエティくらいのものだ。それを、できるだけ二人で出たい。
更に言うならば、MEZZO”の活動休止を世間に公表せず、関係各所だけに内々に伝えてほしい、とも。
その申し出を受けて良いものか、とマネージャーは考えあぐねているようだった。
「なんで、そういう話になった?」
助け舟のような大和の質問に壮五は一つ息をついてから答えた。
「MEZZO”という名前を、消したくないんです。僕たちが自分たちをそう呼ばなくても、ファンのみんなには覚えていてほしいんです」
大和は、うーん、と唸りながら頭を掻いた。
マネージャーと一織をちらりと見やる。
「……ま、いいんじゃないの」
「は、はい! 全部が全部、というわけにはいかないかもしれませんが、できるだけお二人での出演になるよう調整します!」
まさかこの案が通ると思っていなかった壮五は、呆気にとられてしまった。
横にいた環が飛びついて来なければ、このままずっとぼうっとしていただろう。
「それにしても、打ち解けたもんだよなー、お前らも」
「当たり前だろ」
がっちりと肩を組まれる。
少し顔を動かせば、すぐ近くに環の顔があった。
「俺たちは、ちょー仲良しだから。な?」
「……うん」