悔しいのは 5題
2.あなたが蔑まれること
三成にとって、吉継は掛け替えのない一人だった。
もし主君と吉継を天秤にかけろと言われたらきっと大いに迷うだろう、というくらいには。
だからこそ、吉継を悪く言われるのは我慢ならないのだ。
吉継のこととなると、元より低い三成の沸点は更に下がる。
三成は吉継の夜を抱く瞳が好きだった。
ある時、その瞳が不気味だと溢した者がいた。
その者の瞳を抉り出した。
三成は病に侵された吉継の身を常に案じていた。
ある時、その病が気持ちが悪いと三成に同意を求めた者がいた。
その者の腹を斬り裂いた。
三成は病をおして戦場に立とうとする吉継の心を敬っていた。
ある時、満足に歩けぬ身で戦に赴くなど迷惑だと吉継本人に告げる者がいた。
その者の足を斬り払った。
やがて吉継のことを悪く言う者は減っていった。
それでも、三成の目が届かぬと思ってそれを言う者はいる。
三成はそれを目敏く見つけては、残らず斬り捨てた。
「三成よ。少ない兵を更に減らされては困る」
「彼奴らは貴様を蔑んだ。そのような兵など必要ない」
やれ困ったと肩を竦める吉継は、それが心のどこかで嬉しく感じていることに殊更困った。
三成は吉継に関しては少々、否かなり過保護だ。
それと同じくらいには、吉継も三成に対して甘かった。
尤も、吉継が悪く言われるのは、その病のせいだけではない。
立派な武家の出ではないにも拘らず、その能力を主君とその右腕に認められ、傍に置かれている。
それに対する羨望や嫉妬も少なからずあった。
そういう意味での悪評は三成にもある筈なのだが、三成は自分への悪評には無頓着だった。
「ぬしは、自分への口にも気を配りやれ。ぬしが悪く言われてはわれも心が痛む」
「貴様が気にすることではない」
「ならばわれへの悪評も、ぬしが気にすることではなかろうに」
「それだけは絶対にならん。秀吉様と、半兵衛様と、貴様への悪態は私が断罪する」
さて、どうしたものか。
どうにかこの頑固者にわからせる術はないものかと思案すると、三成はぽつりと呟いた。
「私は」
「む?」
「私も、貴様への悪評は心痛む」
それは知らなんだ、と笑う吉継の横で、三成は珍しく穏やかな顔を浮かべる。
こうしていれば年相応か、年よりも子供に見えるのだと、この時に初めて知った。