左近の花
飛梅
「……花には詳しくない故、わからない」
俺を花に例えたら何だと思う、と聞けば、申し訳なさそうにそう返ってきた。
そもそも彼は下手な女よりは美人だし、彼が慕っていた人は花が好きだと聞いていたから、てっきり彼も花に詳しいのだと思っていた。
だがそれは俺の勘違いだったようだ。
彼が花を持てば、きっと薙刀よりも似合うと思うのだが。
「じゃあ、あやかしだったら?」
「あやかしか……」
じっと見つめられると緊張する。
前髪が長いとはいえ、今日は兜を身に着けていないのだから、いつもよりはっきりと顔が見えてしまう。
「……脛擦りだろうか」
「すねこすりって?」
「その名の通りだ」
大きさは猫くらいの、毛玉のあやかしだと彼は言った。
人懐こく、人間の脛に体を擦らせてくる。だから『脛擦り』と呼ぶのだと。
だが、姿は見えないのだ。
どんなに脛に体を寄せても、その姿を見ることはできない。
もちろん俺も見たことはないし、彼も見たことはない。
「お前は一見人懐こいようで、身を寄せてはくるが、その実捉えどころがない。本心を知ろうとすればすり抜けていく」
「俺が嘘ついてるって?」
「嘘などはついていないだろうが、はぐらかすだろう」
そう言われれば、そうかもしれない。
以前、彼を将軍に引き合わせてみた時も、何故こんなことをしたのかと問われ、うまく答えられなかった。
本心を言えば彼が気になったとか、彼が好きだとか、そういうことなのだが。
とにかくその時は、これもひとつの博打だと言ってしまったのだ。
今にしてみれば、あの時の俺の本心は見抜かれていたようだが。
その時以来、こうしてひっそりと会うのは日課になっていた。
数十日に一度、それも短い間だけだったが。
そろそろ行こうかと茶屋から立ち上がると、どこからか梅の香りが漂ってきた。
梅が見たいと、珍しく彼の方から言ってきたので、もうしばらくこの逢瀬を続けようとゆっくり歩いていく。
少し歩けば、小さな神社に一本だけ生えた梅の木が見えた。
風が吹くと、梅の花が散る。
それを見上げる彼の髪も靡く。
それはあまりに綺麗な光景で、目を離せば彼は消えていきそうだった。
花に例えるならば、彼は梅だと思う。
気高く美しく、冬の寒さも耐え凌ぐ梅だ。
「東風ふかば……」
「にほいをこせよ、梅の花、ってね。飛梅だっけ」
「ああ。これはそうではないのだろうが」
彼は舞い散る花弁をひとひら摘み、しげしげと眺めた。
「誰かの元へ行きたいのだろうか。この梅も」
唇からふっと息を吐くと、花弁は風に乗って飛んでいく。
きっと、いつか辿り着く、主の元へ。
「……もし、俺がいなくなってもさ、あんたは生きてくれよ。俺を忘れないで、ずっと生きてくれ。そうすれば、俺はあんたの中で生き続けられる」
「何を……」
そう言って振り返った彼の顔は、今にも泣き出しそうだった。
間違えただろうか。いや、何も間違えてはいない。
これは、紛えることなき俺の本心だ。
「もちろん、その逆だって有り得る。こんな世じゃ、いつ死んだってわかんねっしょ」
「……そうだな」
俯く彼の髪を掬って、頬に指を這わせれば、彼は漸く顔を上げた。
頬に僅かに赤みが差す。
「あんたにはいんの? 飛んで行ってまで会いたい人」
彼は僅かに目を細めた。
「わかっているのに聞くのか」
ずるいやつだと言いながら、彼はそっと瞳を閉じた。