左近の花
桜
「左近に桜。いいねえ、オツで」
三成様から休暇をもらったその日、久々に賭場に行ってみれば、そこには勝ちに勝っている慶次さんがいた。
今や加賀の長となったはずの人が、こんなところで遊んでていいのか。
そう聞けば、今日は息抜きだからいいんだ、と答えた。
花札をしてみれば、今日の彼はよほど運がいいのか、桜に幕だと喜んだ。
そんなこと言ってしまっていいのかと言いかけた時に、そんな風に言われたのである。
「俺に桜?」
「そ。左近には桜が似合う。んで、右近には橘かな」
そこまで言われて、漸く納得した。
そういえばこの人は、京都を根城にしていたことがあるのだ。
俺は見たことはないが、平安京内裏の紫宸殿の左側には桜が植えられているのだという。
ちなみに右側には橘。
だからそれを、左近の桜、右近の橘と呼ぶとか。
けれど桜なら、俺よりもこの人の方が似合う。
彼が時折身に着ける桜色の着物を、密かに気に入っていた。
「花は桜木、人は武士っていうくらいだしね。潔いのがあんたらしいよ」
「桜なら、慶次さんの方が似合ってるじゃないですか」
「俺が? どうかなあ」
花札を指先でいじりながら、肩の小猿にこいこいするかーなどと問いかけている。
「俺は、潔くなんてないよ。未練がましい。だから桜になりたいんだ。潔くなりたい」
「そっすか? はっきりきっぱりしてると思うけどな」
「まあ、賭け事だとか手遊びはね。けど、国のために誰かを捨てるような決断は、ぱっとはできないよ」
そういうのは強いよね、と言いながら、彼は立ち上がって賭場から出て行った。
後を追ってみると、加賀の方向に足を向けている。
そろそろ帰らないと、怖い叔母が怒るからと、彼は馬に跨った。
俺は賭場から持ち出した二枚の札を彼に渡した。
「花見で一杯。はなむけに」
「あんがと」
彼は子供っぽく笑うと、馬の腹を蹴った。
後ろ姿が遠ざかっていく。
見えなくなっていく長髪を見ながら、俺はやはり彼は潔いと思った。