main

密室

『ここは完全なる密室です。ここから出るにはどちらかが死亡しなければなりません。相手を殺害するための武器は用意してあります。お好きなものをどうぞ。』

目が覚めた時、左近はそのような書置きのある部屋にいた。
目の前には、自分と同じように何者かに連れてこられたであろうもう一人の男。
「おーい。勝家」
少し前、ひょんなことから左近は彼、柴田勝家と出会った。
久しぶりの再会がまさかこんなところとは。
揺すってみると、勝家は薄く目を開いた。
「此処は……お前は、島左近……?」
「よっ。久しぶり。こんなとこで会いたくはなかったけどな」
「此処は何処だ?」
「あれ」
言われるがままに壁の書置きに目をやると、彼は眉根を寄せた。
そりゃあそんな顔もしたくなるよなと左近が溜息をつくのと、勝家が隅に置かれた武器の中から薙刀を手に取るのは同時だった。
「ちょっ!? まさか俺のこと殺す気じゃねーよな!?」
「任の途中だった故、私はここから出なければ」
「こんな時間にか!?」
左近が勝家の頭上、背後を指差す。
振り返ると、二人でも届かないほど高い場所に、人一人がくぐれるかどうかわからない小窓があった。
小窓からは外の様子が伺える。
すっかり暗くなり、いくつかの星があった。
勝家はそれを見るなり、薙刀を床に置き直した。
「いいのか? 俺をやんなくて」
「定刻はとうに過ぎている。恐らく、私は死んだと処理されたことだろう」
またそんな、死が伴うような任を受けて、と左近は歯痒い気持ちになった。
あの日、彼を連れ出したことで、彼の何かを変えられた気がしていたが、結局彼はまたあそこに戻ってしまった。
俺じゃ、勝家を救い出せない。
そんな歯痒さだった。
「左近」
「え? あ……何?」
唐突に名前を呼ばれて、左近はふと我に返った。
厚い前髪の向こうから、勝家がじっと見つめている。
「お前は、帰らなくて良いのか。石田氏は心痛しないのか」
「心痛っつーか……まあ、帰ったら三成様は怒るだろーな。『こんな時間まで何処で何をしていた!』ってな。ま、ある意味心配っちゃ心配か」
「そうか」
聞くが早いか、勝家は再び薙刀を手に取って、今度は自身の首に宛がった。
「おい! 何してんだよ!」
左近は慌てて薙刀を掴んだが、勝家も力を抜かない。
薙刀は勝家の首元に留まっている。
「命じれば良い。己の為に命を投げうてと、ただ一言」
「んなことできっかよ!」
「私は既に死人も同然だ。真に死人になろうと、誰も気に留めない」
「俺が気にするんだよ!」
勝家は少しだけ目を見開いて、それでも力は緩めずに左近を見やった。
「俺は、あんたに生きてて欲しいんだよ。できることならもっと希望をっつーか、もっと楽しく生きてて欲しいけど、そうじゃなくても死なれるよりは遥かにマシだ」
「何故だ。名もなき一足軽が、何処ぞで死んだと思えば良いものを」
「けど、出会っちまった。言葉も交わして、一緒に戦って。もうあんたは『他人』じゃねーんだよ。勝家」
「左近……」
勝家の目が大きく見開かれた。
だが、緩まるかと思われた力は一向にその兆しを見せない。
「気が変わった。矢張り、お前をここから出す」
「何でだよ! つか変わってねーよ、それ!」
「いや、変わった。先程は私に生きる理由がないから死のうと思ったが、今は違う。私はお前に生きて欲しい」
「その心変わりは嬉しいけど、やってること全然変わってねーぞ!」
「今の私は晴れ晴れと逝くことができる」
「なんでそうなんだよ、あんたは!二人助かる方法だってあるかもしんねーだろ!」
その言葉に僅かに力を緩めた隙をついて、左近は薙刀を引いた。
慌てて引き戻そうとする勝家との間で刃は揺れ、左近の頬を掠めた。
「つっ……」
「っ……さこ、」
「生きてて欲しいのは」
左近はすっかり力の抜けた勝家から薙刀を奪うと、床に投げ捨てた。
頬の傷から血が滲んで、顎へと垂れていく。
「俺だって同じだ。もし俺があんたの為に死んだら、あんたは幸せなのか?」
「私の為にお前が死ぬなど……それで私が喜ぶはずもない」
「だろ?」
勝家は袖を口で裂いて切り、それを左近の頬に宛てた。
「あ、ありが」
「馬鹿なことを。顔に傷をつくるなど」
「あんたに言われたくねーけど」
左近は、頬に宛てられた勝家の手に、自分の手を重ねた。
勝家は驚いて手を引こうとしたが、左近がそれを強く握る。
「なあ、見つけよーぜ。二人揃ってここから出る方法をさ」
勝家が小さく頷くと、左近はその手をより強く握った。

Category: