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夜の挨拶

シャワーとドライヤー

アカデミーか、あるいは艦隊での癖なのだろう、普段は短い時間でシャワーを済ませる彼が、倍以上の時間をかけて、ゆっくりシャワーを浴びてくる夜。
それが始まりの合図であり、無言の誘いであることを、私は知っている。
先にシャワーを終えた私はスキンケアを万全に整え、ドライヤーで髪を乾かし、ほんの少しの香油を擦り込む。
出てきた彼をリビングのソファーで待ち構えると、彼は何食わぬ顔で隣に座った。
「遅いよ。寝ちゃうとこだった」
「別に寝てもいいんだぞ。それとも、何か用事があったのか?」
冗談のつもりなのか、そうやって知らぬふりをする。
用事があるのは彼のほうも同じはずだ。だから長い時間をかけてシャワーを浴びてきたのだろう。
「あなたって、こういう時いつもシャワーが長いよね」
「こういう時って?」
彼は笑いながら、私の髪を掬った。
一束に顔を近付けて、いい匂いだ、と呟いた。
耳に僅かにかかる吐息がくすぐったい。
「オレの癖を見抜いたつもりだろうけど、逆も然りってわかってるか?」
「逆?」
「お前はこういう時、いつも自分で髪を乾かす。普段はオレにやらせるのに」
それはあなたのシャワーが長いから待ちきれなくて、という言い訳も出てこない。
彼に髪を乾かしてもらってからバスルームへ送り出せばいいのに、自ら先にドライヤーを手に取って、あなたも早くシャワーを浴びたら、と促しているのは他でもない私だ。
まるで私が誘っているかのような状況にバツが悪くなって、彼から目を逸らした。
彼の手が、すっかり乾いた私の頭を引き寄せ、つむじに軽く唇が触れる。
それがいつものおやすみの挨拶とは違うこともよく知っている。
「それから、髪もいい匂いがする」
「シャンプーの匂いじゃない? あなたも同じでしょ」
「ドレッサーに高い香油がしまってあるの、ちゃんと知ってるぞ」
そんなことまで知られていた、とますますバツが悪くなるけれど、嫌な気分ではない。
本当に、彼にはひとつも敵わない。
おとなしくその手に顔を擦り寄せて、彼の胸の中に飛び込んだ。
スウェット越しに、私が贈ったネックレスの感触が伝わる。
「あなたはいつも頭を撫でてくれるから……」
指先でネックレスをなぞるように胸を撫でると、彼の口から小さな声が漏れた。
「私の髪が好きなのかと思って」
「髪だけじゃないぞ」
「それに、あなただって普段と違うボディソープを使うじゃない」
「バレてたのか。隠してたのにな」
ただ汗を流すためだけじゃない、少ししっとりとしたもの。
その手触りが心地よくて、つい触りたくなってしまう。
「お前も、オレの体に触るのが好きみたいだからな」
「体だけじゃないよ」
首を撫でて、顎を持ち上げる。剃ったばかりの肌も触っていて気持ちがいい。
そのエラの下に小さな傷を見つけて、指でつつく。
ちょっと失敗した、と彼もバツが悪そうに笑った。
カミソリに負けた小さな傷に唇を寄せて、労るようにキスをした。

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