main

侵食

※人を選ぶ内容のためご注意ください

感染の兆候が見られる、とは以前にも言われていたことだ。
だから検査の回数も頻度も増やしたし、注意していたつもりだった。
その日、とある異化ワンダラーが現れ、それに呼応するかのように一般人の中にも異化する人が出始めたと通報があった。
異化ワンダラーを戻す薬は開発されていた。ただ、まだ極秘の段階だ。
人々を避難させながら、異化ワンダラーを無力化し、捉えていく。
倒すよりも何倍も難しかった。
そうして気を張っていたせいか、あるいはEvolを使いすぎたのか、戦闘中に心臓が痛み始める。
最初は気にするほどでもなく、けれど痛みは徐々に増して、ついに立っていられないほどになった。
すぐそこにはワンダラーがいる。逃げようとする人々もいる。
それなのに、体が動かない。
早く、立ち上がらなきゃ。
遠くでパートナーの呼ぶ声がする。
いつしかそれすら霞んでいって、自分の心臓の音しか聞こえなくなった。
頭の中で鼓動しているかのような高鳴りに頭痛がする。
きつく目を閉じて耐えようとした、その瞬間だった。

不意に、心臓の痛みが引いていった。
何事もなかったかのように、急激に熱が冷めていくように。
もう大丈夫、とパートナーがいるであろう方向に合図を送りながら立ち上がり、そして絶句した。
いつの間にか、大量のワンダラーに囲まれている。
先ほどまでとは比べ物にならない。
幸い人々の姿はなく、いつの間にか避難は終わったようだった。
ならあとは倒すだけ、とワンダラーに向けて引き金を引いた。
不思議。とても体が軽い。
さっきまでの心臓の痛みが嘘みたい。
こんな気持で戦闘に臨めるのは初めてだった。
不謹慎だとわかっているけれど、楽しいと、気持ちいいとさえ思える。
腕の先がそのまま銃になったみたい。
引き金を引かなくても、撃て、と思えば弾丸が放たれるようだった。
いつまでだって戦っていられそう。
そういえば一緒に戦っていたはずの彼はどうしたんだっけ、と一瞬だけよぎる。
けれど、すぐにどうでもよくなった。
今の私は、一人でだって充分すぎるほど戦える。
次々にワンダラーを撃ち抜きながら進む。
そして、すぐ近くに蹲る、小型のワンダラーに銃を向けた時だった。
「止まれ!」
どこからか声が聞こえたかと思うと、小型のワンダラーを庇うように、中型のワンダラーが立ちはだかる。
中型といっても、私よりは大きい。
けれど、そんなものに今更怯んだりしない。
目の前にいるワンダラーに銃を向けようとするが、そのワンダラーの動きは速く、撃つより先にワンダラーに拘束された。
その隙に小型のワンダラーはどこかへ逃げていく。
攻撃が飛んでくることを懸念して身構えるが、私を押さえるそのワンダラーはいつまでも襲っては来ず、けれど拘束を解くこともない。
ワンダラーに抱き締められるように閉じ込められ、藻掻いていると、耳元で声が聞こえた。
「……もう充分だ」
今のは誰の声だっけ。知っている声のような気がする。
それを思い出すより先に、ワンダラーは手から針のようなものを出し、首筋にちくりとした痛みが走る。
毒を持つタイプだった、と油断した時にはもう遅く、意識が沈んでいく。
体が重くなっていく。
心臓が痛い。重く沈みながら、それでも抑えきれないエネルギーが膨らんでいくようだった。
やがて堪えきれなくなった心臓から、一気にエネルギーが弾け飛んだ。
その瞬間に、かろうじて残っていた意識がぷつりと切れる。
意識が消えるその瞬間まで、ワンダラーは私を離さなかった。

次に目が覚めた時、私は何も覚えていなかった。
何をしていたのかも。自分が何者なのかも。
頭を撫でる、温かくて優しい手の持ち主が誰なのかも、何も。
体が鉛のように重い。
指の一本も動かせない。
視界がぼやけて、何も見えない。
ただ様々な計器を繋がれて、ベッドの上に横になっていた。
かすかに聞こえるニュースの音が、一ヶ月前の惨状を繰り返し語っていた。
救助活動にあたっていたはずのハンターの一人が突然異化し、人々を襲い始めた、と。

Category:
Tags: