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二度目の

昔々、まだ『IDOLiSH7』の名前など、影も形もなかった頃。
ゼロの突然の消失とともにアイドルブームが去り、落ち着き始めていた頃だ。
その頃壮五は、小学二年生の、ありふれた子供だった。
とはいえ、そう思っていたのは当人だけで、そもそも通っている小学校が『ありふれた』学校ではない、とは思いもしなかった。
毎日の送迎、車内からぼんやり外を見上げては、時折運転手からかけられる言葉に返事をする。
だがその日、そのありふれた日常が、ほんの少し変わった。

授業を終えて携帯電話を開いてみれば、運転手から一通のメール。
この携帯電話も、子供用とはいえ小学二年生が所持するようなものではない、とは当時は思いもしなかったのだが。
メールには、渋滞に嵌ったために迎えが遅れる旨が書かれていた。
予想以上にひどい渋滞で、かなり遅くなるだろうから、図書室ででも待っていてほしい、とも。
そのメールに、歩いて帰ります、と丁寧に返事をして、壮五は学校を出た。
その時の壮五の足なら30分ほどだ。歩けない距離ではない。
よし、と意気込んで学校を出たは良かったが、普段は車内から見る景色、歩くとここまで違うのか、ということを、壮五は知らなかった。
どこで曲がるのか。どの信号を渡るのか。何を目印に歩けばいいのか。
それすらわからず、けれど人に聞くこともできず、闇雲に歩いているうちに、自宅とはまるで違う住宅街に入り込んでしまった。
既に一時間は歩いている。
さすがに疲れてしまった壮五は、住宅街の中にぽつりと佇む公園を見つけた。
その公園に、水道があることも。
公園には、ブランコに揺られる子供が一人だけだ。
その子供には目もくれず、水道へ向かう。
水道には、水飲み場と思しきものがついていた。
外の水は飲むものではないと言われていたが、背に腹は変えられなかった。
だが、球体の頂上に穴が開いたようなそれの使い方がわからなかった。
水飲み場だとしても、足で踏んだり、手で押すようなスイッチらしきものはない。
しばらく眺めたあと、それの横に、横向きになった水栓を見つけた。
これを捻ればいいのだろう、と勢い良く捻る。
「う、わっ!?」
その予想は正解だった。ただ、水の勢いが読めなかっただけで。
顔に水を喰らった壮五は、慌ててその場から離れた。
タオルで顔を吹きながらも、水は上へ上へと勢い良く噴き出し続けている。
どうしよう、と困り果てていると、ブランコに座っていた少年がブランコから飛び降り、栓を逆に回してその水を止めた。
「あ、ありがとう……」
壮五よりいくつか幼い子供だった。
まだ小学校にも行っていないだろう。
「こまったときはおたがいさま、って、かあちゃんいってた」
青空を切り取ったような髪と目が印象的な少年だった。
半袖を着るにはまだ少し寒いこの時期に、半袖と半ズボンを身に着けている。
そこから覗く手足には、痣のようなものが見えた。
「おたがいさま、って?」
「こまってるひとがいたらたすけてあげなさいって。いつか、じぶんがこまったときに、だれかがたすけてくれるからって」
壮五より幼い少年は、世間知らずな壮五よりも、大人びて見えた。
なら、きっといつか、困っている人を見かけたら迷わず手を差し伸べよう、と壮五が決めたのはこの時だった。
その後、壮五は携帯のGPSを辿ってきた運転手に無事発見され、家に帰れば世話役から叱られることになったのだが。

それから十数年後。
あの日のことはおぼろげで、少年のことも覚えておらず、困っている人を放っておけない優しさだけが壮五には残った。
紆余曲折あり、アイドルになるために小鳥遊事務所へ向かう途中、その出会いはあった。
電柱の住所と、手元のメモと地図を見比べながら、首を傾げる男。
「何か探してるんですか?」
振り返った彼の、青空を切り取ったような髪と目が印象的だった。

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