スリーマンセル
年始が近付くと、店は徐々に忙しさを増していく。新年に合わせて大量に入荷したナンテンの世話をしていると、ポケットに入れたままのスマホが振動した。新しい注文か、と嫌々覗き込むと、そこに表示されていたのは予想外の名前だった。メッセージを開くと、楽しそうに頬を寄せ合う二人のアイコンが目に入る。
『今年も配達があるんでしょ? 手伝いに行こうか?』
大した挨拶もなくいきなり本題だけ送ってくるのは実に彼女らしい。前年、年始の配達が忙しいことをSNSでボヤいたら、手伝おうかとすぐに返してきてくれた。だから今年は先んじて送ってきたのだろうが、返答も前年と同じだ。
『せっかくの休みだろ。セイヤと二人でゆっくりしろよ』
すぐについた既読マークを見届けて、返事は待たずに仕事に戻る。ほんの一瞬でも、忙しさで荒れていた心が落ち着いていく。彼女は知る由もないだろうが、昔馴染みというのはそれだけで安心できる。気の置けない友人、と内心思っていた。
ところが、年始のまさにその日、二人は店にやってきた。にこやかな彼女の後ろでセイヤはわかりやすく不貞腐れている。
「本当に来たのか? 休みは?」
「明日から満喫するよ。今日はお手伝い」
確かにしばらくは屋台も出ているだろうし、夜も賑わっているだろう。とはいえ、なにも一年の最初の日にこんなところに来なくても。
彼女はコートを脱いでバックヤードに置きながら、エプロンを手に取りつつ口を開く。そもそもセイヤはよくキノアのお手伝いしてるのに、私が一度もしたことないのはずるい、と謎の言い訳を展開した。正直に言えば、手伝いが来てくれて助かることは助かる。彼女の言い訳に曖昧に笑いながら、じゃあ頼むよ、と任せてみることにした。
セイヤは相変わらず不機嫌そうだ。普段は配達の間の店番を任せている。無愛想だけど無礼ではなく、何より見た目は良いので客から不満が出たことはない。長い間、こうして花屋の仕事を手伝わせているせいで、それなりに詳しくもある。けれど、不機嫌を全面に押し出している今日ばかりは店番を任せるわけにもいかず、裏で剪定を手伝わせることにした。
「どうして来たんだ? お前は嫌がると思ってた」
「……彼女に押し切られた」
店先に立つ彼女に聞こえないよう、小声で問い詰める。彼女は押しが強い、ということはないが、セイヤは彼女の押しに弱い。そしておそらく、彼女もセイヤの押しには弱い。セイヤが嫌だと言い張れば、彼女は身を引いただろうに。
ナンテンの枝を切ってある程度の本数ごとにまとめていると、セイヤがこちらを睨むように見つめているのに気が付いた。さすがに見て見ぬふりはできない。
「何だよ」
「彼女と何かあったのか」
「オレが? どうして?」
「彼女が、キノアは特別だ、と言った」
だからそれが本当か確かめたくて、二人でやってきたのか。彼女の言う『特別』が何を指すかはわからないが、セイヤが聞きたい『特別』はない。
「何もないぞ。断じてない」
それでもセイヤの気は収まらないらしい。
セイヤは昔からこうだ。彼女に対して独占欲を発揮し、そして何故かいつも目の敵にされる。彼女と恋仲だと疑っていたようだが、そんなことは絶対にない、と何度も言ってきたのに。
あのな、と口を開こうとしたところで、またしてもポケットの中のスマホが振動した。配達の時間だ。このくらいの時間に出なければ間に合わないからアラームをセットしていたのだ。ナンテンをかかえて車に向かう。セイヤは相変わらず不機嫌そうに剪定を続けていた。
「配達に行ってくる。店の中で変なことするなよ」
「しない」
「あとそれ、切りすぎだ」
溜息をつくセイヤに、溜息つきたいのはこっちだ、と言い返した。店先にいる彼女にも声をかけて、ナンテンを車に積み込む。頼むから何も起きるな、と祈りながら、いつもより逸る気持ちで配達へ向かった。
戻ってみれば、彼女は変わらず忙しそうに接客をしていて、セイヤは黙々と剪定を続けていた。被害に遭った花も、あれ以上はなさそうだ。
「二人ともお疲れ様。少し休憩しないか?」
一時的に店を閉めて、三人でバックヤードに籠もる。温かいハーブティーを飲みながらおやつをつまむ。彼女はセイヤをじっと見つめて、やがて僅かに眉間に皺を寄せた。
「セイヤ、どうして怒ってるの?」
それをお前が聞くのか、とは言えない。案の定、不機嫌そうなセイヤは、彼女のほうを見ようともせずに答えた。
「怒ってない」
「うそ」
「あんたがキノアのところに行くって言うから」
「キノアはお友達でしょ」
頼むからオレを巻き込むな、と肝が冷える。ハーブティーの癒し効果もこの空気には耐えられないようだ。温かいはずなのに気持ちは温まらず、味もよくわからない。
「私、キノアのこと好きだよ」
とどめの一言に飲んでいたハーブティーを思わず吹き出した。セイヤは憎々しげにこちらを睨みつけている。
「待て待て! 誤解が生まれる!」
「誤解って?」
「友達としてだろ? なっ?」
「うん。でも、友達以上に……」
「それ以上何も言うな、頼むから」
「友達以上に、何だ?」
こちらを睨んだまま、低い声で彼女に続きを促した。この感じは久しぶりに味わう。アストライアーの聖騎士学校以来かもしれない。あの頃もセイヤは、彼女と話しているとどこかから現れて、キノアを睨みながら彼女を連れ去っていった。彼女はそんなセイヤの様子に気付かないのか、あるいは慣れているのか、とにかく意にも介さない。
「親友……って言ったらおかしいかな。セイヤとキノアと三人でいると、なんだか落ち着くみたい」
「俺も?」
その言葉にセイヤの空気は少し和らいだ。思ってもいなかった言葉に、少しばかり面食らったようだ。
「セイヤとキノアは特別な友達でしょ?」
「特別……」
思わず顔を見合わせてしまう。セイヤに関して特別な感情を抱いているかと聞かれれば、確かに他の仲間よりは少しばかり特別かもしれない。遥か昔からずっと友人だ。『友人』という言葉では片付かないほど。何百年も、この地に来てからも二百年余りも、付かず離れずの距離を保っている。そのぐらいの長い付き合いになるのは、特殊な事情がある彼女を除けばお互いしかいない。
「そんな特別な二人の仲間に入れてくれて、調子も合わせてくれて……なんだか、ずっと前から三人でいたみたい。この三人でいるのが自然な気がして、好きなんだ」
彼女の様子に、セイヤもすっかり落ち着いたようだった。確かに、この三人でいるのは居心地がよくて好きだ。『みたい』ではなく、本当にずっと昔からこの三人でいたのだ。離れた瞬間はあっても、彼女が覚えてなくても、またこうして集まっている。
「今日はありがとな。助かったよ」
しばしの休憩を終えたあと、夕方まで二人に手伝ってもらっていた。明日から休みだ、と言っていた二人は、結局このあとすぐに夜店をまわるらしい。
「何かお礼ができればいいんだけど」
「お礼なんていいよ。私達が勝手に来たんだし」
「ああ。俺だけの時は特に何ももらってないしな」
セイヤの言い方はまだどこかトゲがあるが、先程までのようなどす黒い苛立ちはなくなっていた。そうは言っても、普段セイヤに店番をさせる時とは訳が違う。さすがに今日は忙しかっただろう。そういえば、とふと思い立ち、バックヤードからいくつかの花を持ち出して、小さなブーケを作った。
「それは?」
「カンパニュラだ」
その名が示す通り、小さな鐘のような花が連なっている。つい昼間、誰かさんが切りすぎてしまったものだ。売り物の残りをお礼にまわすなんて不躾かもしれないとは思ったが、彼女は喜んでそれを受け取ってくれた。
「荷物にならないといいんだけど」
「小さいから大丈夫だよ」
彼女に渡した小さなブーケは、そのまま隣に送られて持たされる。なるほど、荷物持ち係がいるわけだ。彼女は知らないだろうが、一国の元王子に荷物持ちをさせるのは彼女くらいのものだ。
「じゃあ、またね、キノア」
「ああ。新年、おめでとう」
「じゃあな」
手を繋いで去っていく背中をいつまでも見つめる。三人でいるのももちろん好きだが、こうして仲睦まじい二人を見るのも同じくらい好きだ。あの頃は叶わなかったけれど、王となったセイヤの騎士となった彼女の姿を見てみたかったのだ。それが今、騎士どころか、対等に隣に並び立つ二人を見ていられる。
オレは果報者だな、と小さなスターチスを指先で触れると、誰が残していったのか、微かな光が舞った。