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カッコつけたい

図らずもシンをパーティーに誘ってしまい、シンのスーツを仕立てるためにとあるテーラーのVIPルームに呼ばれた。
そこでシンの採寸をさせられたまではよかったのだが、コーディネートを合わせるとかなんとか言いくるめられ、私の採寸もすることになった。
けれど、シンたちが人払いをしてしまったせいで、テーラーには他の客どころかスタッフすらいない。
シンの採寸を私がしたように、私の採寸はシンがするしかないのだ。
「じゃあ、服を脱げ。それとも服の上から採寸して、ブカブカのドレスを着るか?」
「……わかったよ」
躊躇いつつも服に手をかけ、トップスとキャミソールを脱いで下着姿になる。
下着も、それどころか裸も何度も見られているし、今更なんてことはない。
ただ、シンの基地でもホテルでもない、こんなところで脱ぐのが少し恥ずかしいだけで。
「はい。測っていいよ」
脇の下に手を入れられることを想定して両腕を持ち上げるが、シンは動かず、私の胸元を凝視した。
そんなに変な下着ではないはず、と思いながらも、からかうように胸元を軽く手で隠した。
「えっち。どこ見てるの?」
するとシンは気まずそうな顔をすることなく、ただどこか呆れたように軽く溜息をついた。
予想外のおもしろくない反応に、つい口を尖らせる。
「……これから言うことを、セクハラだなんだと騒ぐなよ」
「そんなオジサンみたいなこと言うつもりなの?」
「言いたくはないが、詰め物は外せ。デコルテの開いたドレスじゃ、そんな小細工できないだろ」
カッと顔が熱くなり、拳を握り締めてシンに殴りかかった。
かなり本気で胸を叩いたのに、大して痛くもなさそうな態度にまた腹が立つ。
図星をつかれて気分が悪くなる。これはコンプレックスのひとつなのだ。
シンにしては充分言葉を選んで伝えてくれたとは思うけれど、嫌なものは嫌だ。
「わかった。俺が悪かった。だからせめて正しいサイズは測れ」
わざとらしく大きな舌打ちをして、シンに背中を向ける。
両腕を背中に伸ばしてホックを外し、下着も取り払った。
「メジャー貸して」
「ああ。前は自分で当てろ」
受け取ったメジャーをバストに当て、更にそれを受け取ったシンが背中にメジャーを当てる。
微かに背中に触れる指先がくすぐったい。
「いくつ!?」
「……72」
「くっ……」
高校生の頃から全く変わっていない胸囲に絶望しながら、次はアンダーバストを測る。
アンダーバストの数値もやはり変わらず、つまりそれはカップが変わらないことを示している。
これが学校の成績だったら嬉しい表示なのに、と毎回思っていた。
ウエストとヒップも同様に測っていくと、こちらはほんの僅かに増えていたのがまた憎らしい。
筋肉がついたんだろ、というシンの慰めの言葉すら苛立つほどだ。
「そんなに気になるなら、俺が育ててやろうか」
「そんなもの、効果があると本気で思ってるの? 本当に効果があるならとっくに大きくなってるはずだよ。現代医学のほうがまだ希望が持てるくらい」
「どうりで、最近俺のスマホに出てくる広告が『豊胸』ばかりになるわけだな」
シンのスマホを借りている時に、自分のスマホのような感覚で検索してしまったことは申し訳ないと思っている。
それについては謝るけど、と言いながら脱いだ下着にもう一度腕を通した。
「いっそ私も筋肉つけようかな。あなたみたいに」
背中のホックを止めようと腕を回すと、苦戦するよりも早くシンがホックを留めてくれる。
世の中にはこのホックが三連になっているものもあれば、胸を小さく見せる下着なんてものもあって、私には一生縁が無いものだろうな、と常々思う。
外したパッドも入れ直し、形を整えて、シンの方に向き直ると勢いよく胸を張った。
「どう?」
「慰めのつもりじゃないが、サイズよりも形だと思ってる」
「月並みな言葉だね」
それでも、彼がほんの少しでも本気でそう思ってるなら嬉しい。
キャミソールとトップスも着直しながら、もう一度シンに言葉を振った。
「大きさが全てじゃないってことも、形が良ければ大きさは気にならないって言ってくれることも、わかってるし、嬉しいけど」
握り拳を作って、再度シンの胸を叩く。
採寸してみてあらためてわかったが、筋肉とはいえ立派な胸囲だ。
「でも、私が納得しないの」
「……もう好きにしろ」
またしても呆れたように溜息をつくシンの足を蹴飛ばして、私達はようやく店を後にした。
店を出て、思い出したようにシンを呼び止める。
「そうだ、採寸したから、しばらくエッチ禁止ね」
「……何?」
シンに触れられてサイズが変わったら困るし、今回はタイトなドレスだから形が変わるのすら危ない。
直接触らなければ問題ない、とはいかないのだ。
ホルモンが分泌されればそれで体に影響が、と講釈すれば、シンはやれやれと頭を振った。

それからしばらくして、出来上がったドレスとスーツにそれぞれ身を包んでパーティー会場を訪れた。
少し顔を出すだけのはずだったのに、シンが一緒にいるならそうもいかなくなった。
ましてや今回は私の用事で訪れたパーティーなのだから、壁の花を決め込んでいるわけにもいかない。
いざ着いてみると、主催者のほかにも多少は見知った顔が数人はいて、私は食事もそこそこに挨拶回りに奔走することになった。
ようやくひと心地つけそう、と落ち着いてみると、足元の違和感に気付く。
慣れない靴で歩き回っていたせいだろう。
僅かに痛み出していた踵が、明確に熱を持ってずきずきと疼いた。
「どうした」
「ううん、なんでも……」
無理に連れてきたシンに気を使わせたくないし、面倒もかけたくない。
けれど、座れるようなところもない。
あと少し、せめて主催者がケーキを切り分けるまでは耐えなくちゃ、と唇を噛む。
するとシンは一人でその場を離れ、あろうことか主催者に歩み寄った。
そこで二言三言会話したかと思うと、また一人で戻って来る。
そのまま私に腕を差し出した。
「何を話してたの?」
「同行者の体調が芳しくないから抜けさせて欲しい、と頼んできた。行くぞ」
彼の腕に手を回して歩き出すが、すぐに痛みが限界に近付き、歩調が進まない。
図らずも、シンの腕を引くようなかたちになってしまった。
「待って……ごめん、すぐ追いつくから、先に行ってて……」
「わかった」
腕に絡めていた手が解かれ、代わりに彼の手が腰に回される。
そして足元はほんの僅かに霧に覆われていた。
彼のEvolだ。そのおかげで私は地面から数センチ浮き上がる。こんな使い方もできるのだ。
「歩いてるフリはしろよ」
腰を支えるシンに促され、霧に運ばれて会場を後にすることができた。
足元の霧は僅かで、あの人混みではおそらく気付かれていないだろう。
会場を出るとすぐに、シンは私を持ち上げ、片手で簡単に抱き上げられた。
「わっ、ちょっと……!」
必死でシンの頭に抱きつくと、もう片方の手で私の足を取る。
その踵を見て、厳しい顔を更にしかめた。
「靴擦れか。何故もっと早く言わなかった?」
「ハイヒールは何度も履いてるし、大丈夫だと思ったんだよ。でも新品の靴だと履き慣れなくて」
「そこまで気を回せなくて、悪かった」
素直な謝罪の言葉に、目の前にある頭を撫で回した。
せっかくセットした髪だなんて知ったことじゃない。
「シンが悪いわけじゃないよ。そもそも私の用事に付き合ってもらったんだし」
片手で器用にハイヒールを脱がされ、シンはそれを手にぶら下げて、また歩き出す。
「部屋を取ってある。少し休むぞ」
確かにここはホテルの最上階だけど、まさか下の部屋を取っていたのだろうか。
元々シンの隠れ家のひとつだったのか、パーティーに来る前に取っていたのか、今突然取ったのかはわからないけれど、ゆっくり座って横になれるのはありがたい。

通された部屋はキングサイズのベッドが一つだけのジュニアスイートだった。
シンにしては珍しく、手頃な部屋だ。
手頃、と言っても、私一人だったら軽々しく泊まれる部屋ではないけれど。
柔らかいベッドの端に降ろされ、シンは私の足元に跪き、あらためて足を持ち上げられる。
皮が剥けた踵は、ストッキングの中ですっかり血が滲んでいた。
「無理しすぎだ。ハイヒールが高いと思ったのなら、もっと低いものや、慣れた靴もあっただろ」
私を案じるその言葉に、つい顔を背ける。
赤くなった顔を見られたくない。
「……この間の採寸の時もそうだけど」
その言葉に、シンが僅かに顔を上げる気配がする。
「カッコつけたいんだよ。あなたは背も高いし、顔立ちもいいし、不釣り合いだと思われたくないの」
見栄を張った胸も、高いヒールも、全部あなたと並びたいから。
それに、あなたが選んでくれたものだし、という声は尻すぼみになって消えていく。
けれどやはりその声はしっかり聞かれていたらしく、もう一度抱き上げられたかと思うと、今度は完全にベッドの上に横たえられた。
仰向けになった私の両側にシンが腕をついていて、押し倒されたような体勢になる。
シンは何を言うでもなく、ただ眉と口元を緩ませている。
その顔に油断していると、スリットの隙間から指先が入り込み、パチンと音を立ててガーターベルトが外された。
押さえる間もなくストッキングが下げられ、足先から抜き取られる。
シンは顕わになった靴擦れにもう一度顔をしかめたかと思うと、そこへ口を近付けた。
まさか、と思うより先に、傷口を舐め取られる。
ぴくりと足が震えて反応した。
「いっ……やめて。痛いから」
「痛いだけか?」
それだけじゃない。
ふくらはぎを這う指に足先が震えてしまうのは、決して痛いからだけじゃなかった。
けれど、どうしてもそれを認めたくない。
「今日までおとなしくお預けを喰らってたんだ。ここからは俺の好きにさせてもらう」
「休ませてくれるんじゃなかったの」
「もちろん、この後ちゃんと休ませる」
太腿を撫でる指先に観念して、もう一度スリットの中への侵入を許した。
シンと不釣り合いになりたくないのに、彼の前でカッコつけたいのに、結局いつも上手くいかない。
こんなふうに、彼のペースに飲まれて、翻弄されて、彼に乱されてしまう。

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