アイスクリーム
夏。
コンクリートから陽炎がたつほどに暑い。
それなのに、と左近は横目で隣を見た。
すぐ横を歩く勝家は、長袖のカッターシャツをきっちりと着込んでいる。
左近自身は半袖のカッターシャツのボタンをひとつ開けふたつ開け、
ついには脱いでしまおうかと考えていたところだった。
そんな彼に、勝家の格好は暑すぎる。
「勝家、暑くねーの?」
「心頭滅却すれば火もまた涼し……気の持ちようだ」
「俺は見てて暑いんだけど。つか、なんで長袖なんだよ」
「日焼けしやすい質故。お前は服をきちんと着ろ。見苦しい」
とはいえ、授業が午前で終わった土曜日。
昼、気温の一番高い時にその服装は流石に暑かったのか、勝家は第一ボタンだけをひっそりと外した。
左近はその様子を見ると、ひとつの名案を思いついた。
「なー勝家。アイス食べてかね? んで、そのままパーっと遊び行く!」
「断る。私は図書館で今日の復習と月曜の予習をしなければならない」
現に今も、図書館に行くから左近と同じ方向に歩いているのだ。
勝家の自宅は反対方向だった。
勝家の家庭環境がやや複雑なのは左近も知るところで、なんでも遠縁の親戚に引き取られたが、この学校に通うためにアパートで一人暮らしをしている、と。
その親戚が厳しい人で、仕送りの条件が『成績を上位10人に収めること』だった。
勝家は決して要領の良い方ではなく、天才でもない。
成績上位者に並ぶために、毎日放課後は図書館に通っていた。
そのため、勉強のことを言われると左近はどうしても弱かった。
しかし、今日は強く行こうと心に決めて、懲りずにもう一度誘った。
「んじゃ、ちょっとコンビニ寄るだけでも付き合ってくれよ」
「何故」
渋る勝家を半ば引き摺って、左近は図書館近くのコンビニに入った。
ひんやりとした空気と、いらっしゃいませ、という無機質な店員の声に迎えられた。
流石に店内でこの服装は良くないかと、左近は肌蹴たシャツのボタンを止め直した。
勝家は早々に雑誌コーナーで立ち読みを始めている。
ちらりと中身を覗いてみると、それは左近が最も苦手とする怪奇系のものだった。
あまり長引くと熟読した勝家が目を輝かせて解説しかねない。
そう考えて、左近はアイスだけを手に取って足早にレジに向かった。
「お待たせー、勝家」
「いや」
勝家の言葉はどうにも少ないためわかりにくく、誤解もされやすい。
今のはきっと『それほど待っていないから気にするな』という意味だと受け取って、再び炎天下に戻った。
左近は店先でアイスのパッケージを破くと、ふたつ入りのそれを、片方だけ勝家に渡した。
「ほい」
「……私にか?」
「他に誰がいんだよ。付き合わせちまったお詫びとお礼」
「構わない」
『詫びるほどのことでも、礼するほどのことでもない』だろうか。
勝家は言葉が少ないから、左近はつい自分に都合のいいように受け取ってしまいたくなる。
他人に無関心な勝家が、それでも付き合う数少ない人間の中に自分も入っているのかと。
もし入っているのなら、特別な思いをもってくれているのではないかと。
そんな風に思ってしまう。
「これ、なんでふたつ入ってると思う?」
「何故だ?」
「慶次さん曰く、『あの人と半分こするため』だってさ」
「あの人、とは?」
「大切な人だよ。家族とか、友達とか。……それ以上とかさ」
「なら今度は、私がお前に差し出そう」
驚いて、思わずアイスを手から落としそうになった。
勝家は不思議そうにその様子を見ている。
どうした、と小首を傾げてくる。
「あ、あのさ」
「左近。顔が赤いが、当てられたか」
それはあんたのせいだ、という言葉を飲み込んで、左近は続けた。
「あんたは、俺のことどう思ってるわけ。こういうのを分け合えるくらいには、大切だって思ってくれてんの?」
「大切……考えたこともなかった。しかし、そうなのだろうな」
また都合よく受け取りたくなる。
『一緒にいるのが当たり前になってたから、わざわざ考えもしなかった』とか。
「俺はさ、友達以上に大切だと思ってんだ」
「友人以上に?」
勝家は少し考えたあと、弾かれたように頬を染めた。
それはきっと、左近と同じように、暑さのせいだけではない。
「……それは」
「俺、あんたのことが、」
「マブダチ、というものか?」
「……は?」
いつになく目を輝かせる勝家に、左近はすっかりタイミングを失ってしまった。
それ以上に、『マブダチ』とさえ言われては、今更それを否定することもできない。
「伊達氏が言っていた。より大切な友人をそう呼ぶと」
伊達。
勝家の口から出たその名前に、少しだけ苛立った。
他人に無関心な勝家が、それでも付き合う数少ない人間の一人。
伊達を政宗様と呼ぶ片倉という男も、そんな人間の一人だった。
それが嫉妬だと気付いて、左近は小さく自嘲する。
「……左近?」
我ながら女々しい、と思った。
勝家に仲の良い友人がいるのに、それを祝福できないなんて。
「いや、そうだな。マブダチだ、俺たちは」
「……ああ」
「なあ、伊達さんと片倉さんも、やっぱマブダチ?」
「伊達氏と片倉氏が、私と友人だと? そのように烏滸がましいことは感じていない。両名には感謝こそすれ、私ごときが肩を並べるなど……」
つまり、友達ではない、ということだろうか。
少なくとも勝家はそう思っている。
きっと、尊敬の念の方が大きいのだろう。
ともすれば。
「友人と呼べるのは、きっとお前しかいない。ましてやマブダチなど」
それだけで、さっきの苛立ちなんてどこかへ吹き飛んでしまった。
『友人』と言われて、落ち込んでいた気持ちさえ。
左近はすっかり溶けて液体になったアイスを飲み干そうと、目線を空に向けた。
入道雲を突き破って、飛行機雲をつくりながらジェット機が飛んでいく。