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どんなあなたも好きだよ

大きく溜息をつきながら、協会をあとにする。
ここ数日の私の様子を表すなら、『疲れた』以外にない。
出動に次ぐ出動で、家にまで資料と報告書を持ち込む羽目になり、睡眠時間も削られていった。
最後にシンと会ったのはいつだっけ。このところシンも忙しくて、なかなか会えていない。
メッセージに既読をつけるのが精一杯だ。
この分なら終電にはギリギリ間に合うだろう。
明日は久しぶりの休日だけれど、提出期限の迫っている報告書はまだまだ山のようにある。
少しくらいは休めるだろうか。
項垂れながら駅に向かう信号待ち、毛先をいじると枝毛を見つけた。
つい先日も、白髪があったとシンにからかわれたばかりだ。
「はあ……」
信号が青になり、二度目の溜息をつきながら歩き出す。
疲れていたのと、俯いていたせいで、視界が狭くなっていた。
時間帯のせいで人が少ないからと油断していたのもある。
大通りを横切る長い横断歩道のちょうど真ん中あたりで、前から歩いてきた人にぶつかってしまった。
「あっ、すみません……」
ふらつきながら避けようとするが、ぶつかってしまった相手に引き止められるように肩を掴まれた。
どうにか振り払おうと身じろいだが、柔らかく掴まれているだけのはずのその手が離れることはない。
「落ち着け。俺だ」
聞き慣れた声に勢いよく顔を上げる。今、一番会いたかった人だ。
けれど、見上げた先の見慣れない容姿に面食らう。
「シン……? だよね?」
「この顔の人間が俺以外にいるか?」
立ち往生していたせいで、私達は大通りの真ん中の島に取り残されてしまった。
行き交う車のヘッドライトに照らされた姿は、顔立ちこそ間違いなくシンだが、髪は黒く、瞳もいつもの赤色ではなくブラウンだった。
ヘッドライトが途切れると、髪色は闇に溶ける。
「どうしたの?」
「少し用があって、色を変える必要があった」
「これ、ウィッグ?」
髪に手を伸ばすと、引っ張るな、と制される。間違いなくシンの髪のようだ。
確かに白髪があるとからかわれた日、黒に染めようかと冗談めかして言っていたけれど、本当に染めたんだ。
目の色もコンタクトだろう。
再び信号が青になると、いつものようにこちらに腕を出してくる。
慣れた動きで手を絡めると、駅とは反対方向へと促された。
半分の横断歩道を渡り終え、近くに停めてあった車の助手席が開く。
また見たことない車だ。
乗り込んでからシートベルトを整えると、すぐに反対側にシンが体を滑り込ませた。
改めて見ると整った顔だ。
彼の容姿が人目を引く理由は、奇抜な髪色、瞳の色のせいだけではなかったということだ。
「なんだ?」
「髪の色が変わったくらいじゃ、あなたの造形は歪まないなと思って」
髪にあわせて眉もちゃんと染めたのか、と指先でなぞると、シンは目を細めた。
「あなた、そうしてると年相応に見えるよ」
かわいい、と頬を撫でると、その手を取られて、指先に口づけられた。
「この姿なら、お前の隣にいても許されるか?」
「そんなこと誰が決めたの? いつもの姿だって隣にいていいんだよ」
ようやく解放されたかと思ったら、今度は頬を撫でられる。
姿が変わっても、その手つきはいつもと何も変わらない。
優しい指先に安心すると眠くなってくる。
小さな欠伸をすると、今度は頭を撫でられた。
顔を撫でたり頭を撫でたり、私のことを猫だとでも思ってるのか。
「もう寝ろ。しっかり送り届けてやる」
それもいいけど、どうせ会えたのならあなたの基地か隠れ家に行きたい。
仕事はどこでもできるし、シンと一緒にいたほうが気が休まるから。
けれどそれを伝える前に、意識が沈んでしまった。

目が覚めると、私は薄暗い基地のベッドで、シンの腕の中にいた。
言わなくても伝わったことに安堵して見上げると、見慣れない姿に声を上げてしまう。
「ん……どうした……?」
眩しそうに目を開いた、その色は見慣れた赤だ。
そういえば染めたって言ってたっけ、と昨夜の話を思い出す。
コンタクトは外したから目の色だけは戻ったのだろう。
寝惚けて不貞をはたらいたのではなくてよかった、と安堵する。
珍しい姿も新鮮でよかったけれど、やっぱり見慣れた色のほうがシンらしい。
再び目を閉じかけたシンの黒髪に触れると、染色の影響なのか、普段より少し硬いように感じる。
髪の間に指を通して撫で回していると、不機嫌そうな瞳がこちらをじっと見つめる。
「こっちのほうが好きか?」
「昨日から髪色にこだわるんだね」
「こだわりがないから、お前が好きなほうでいい」
生まれもった髪色なのに、こだわりがないはずがないだろう。
それに私も、見慣れたシンのほうが好きだ。
個性的な髪色は、個性的なシンに合っている。
「でも、すぐには戻らないでしょ?」
「薬液があるからすぐに戻せる」
「そんなに髪を酷使したら、禿げちゃうよ」
何か言いたげではあったが、結局抗議するよりも眠ることを優先したらしく、私に頭を撫でられながら目を閉じた。
シンのほうも猫みたいだ。
変わらず髪を撫でながら、耳元に唇を寄せて囁いた。

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