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できない子

MEZZO”結成からおよそ一年が過ぎて、二人の関係は少しは変わってはきていたが、それでも大きな面では変わっていない。
壮五に言わせれば環が勝手すぎるのも、環に言わせれば壮五が口うるさいのも、相変わらずだ。
やはり今日も、壮五と環は揉めていた。
「ご飯を食べたら宿題をするって言っただろう! 早く終わらせないと台本読みも間に合わなくなる! わからないところがあるなら教えるから、ここに持ってきて一緒に」
「だから、ちょっと休んだら部屋でやるって! やらねーなんて言ってねーじゃん! 学校のことまでガミガミ言うなよ!」
いつものことか、と大抵のメンバーは素知らぬ顔だ。
陸だけが、どうしたものかと狼狽えている。
その口論を止めさせたのは、今日に限っては意外な人物だった。
「はーい、そこまでー」
「大和さん……」
「ヤマさん」
まさか放任主義を自称する彼がメンバーの喧嘩の仲裁をするとは思いもよらなかった。
三月とナギが、半分面白がって聞き耳を立てる。
だが今日の大和は、珍しく本気だ。
かといって、リビングで騒ぎ立てる二人に腹を立てているふうでもない。
「ナギ、ミツの部屋でここなちゃんでも見てな。ミツが見たいって言ってたぞ」
そう言えば、ナギは三月を小脇に抱えて意気揚々と部屋に連れ込んでいく。
オッサン覚えてろよ、と捨て台詞を吐きながらも、三月は部屋に吸い込まれていった。
「タマ、部屋に戻ってな。少し休んだら、ちゃんと宿題やれよ。わからなかったらイチに教えてもらえ」
「わかった。いおりん、来て」
環は一織を呼んで、自室に戻る。
慌てて陸が、オレも行く、と追いかけた。
環を引き止める壮五の声は、大和に遮られる。
静まりかえったリビングに残ったのは、二人。
「ソウ、ちょっとこっち来て座ろうか」
呼ばれるまま、ダイニングテーブルに、大和と向き合って座る。
いつになく真剣な大和に、壮五は何も言えなかった。
「あのな、あんまり言いたくなかったけど、ちょっと過干渉だぞ」
「過干渉、ですか……?」
IDOLiSH7の七人ではなく、MEZZO”の二人として活動することも多い。
だから相方としてシャンとしてほしいのはわかる。
けれど、学校のことや私生活のことまで口を出すのは過干渉だ、と大和は言った。
「タマは、ソウが思ってるよりしっかりしてるよ」
「そうでしょうか……」
環の半生は、壮五も知っていた。環は包み隠さない。
親に責任を放棄された環は、これまである程度のことは自分で判断して決断して生きてきた。
その時々にすべきこと。しなければならないこと。
環はよく知っているはずだった。
大抵のことは自分で決めてきた環にとって、壮五のように指示を出されるのは煩わしいのだろう。
それは壮五にもわかっていたが、かといってだらしない生活態度を無視もできなかった。
環は『最終的に丸く収まれば良い』と結果を重視するタイプで、壮五は『途中経過も見られている』と過程を気にするタイプだった。
そういうところまで、二人は正反対だった。
「嘘だと思うなら、一週間くらいほっといてみな」
宿題や就寝時間だけでなく、仕事のことも、全て。
壮五が全く口出ししないで、環がどれくらいできるのか。
信じてやれ、と締めくくって、後には俯いた壮五だけが残された。

その翌日。
MEZZO”は朝から二人での仕事があり、それに間に合うようにマネージャーが迎えに来てくれることになっていた。
早い時間に目覚ましをかけ、早々に支度を終え、リビングで環を待った。
「おはようございます、逢坂さん」
「おはよう、一織くん。トースト、食べる?」
「はい。ありがとうございます」
夕方から仕事がある一織は、午前中は学校へ行くと言っていた。
壮五がトーストを用意している間に、一織は自らのコーヒーを用意した。
余裕のある時間にきっちり制服を来てトーストを囓る一織。
壮五にとってはこういったことが当たり前だった。
「私が起こしてきましょうか」
一向に起きてこない環が気にかかって時計を気にすれば、一織が申し出た。
それをやんわり断りながら、昨夜大和に言われたことを告げてみる。
一織は複雑な顔で、けれどそれ以上何も言わずに、食器を片付けて寮を出て行く。
起こすべきか、と悩み始めた時間から30分ほど経ち、普段の環の準備時間を考えればそろそろ起きないと本当にまずい、と壮五の不安が更に募った頃。
眠たそうな様子で、環がリビングに現れた。
「環くん」
急いで準備して、と言いたいところをぐっと堪える。
立ち上がって大声を出したが何も続けない壮五に、環は首を傾げた。
「……おはよう」
「おー」
「トースト、食べる?」
そう聞くと、環はじっと壮五を見つめた。
ほんの数秒。壮五にとって、いやに長く感じる数秒だった。
「じゃあ、食べる。すぐ顔洗って着替えてくるから、焼いといて」
そこからの環は、思っていた以上に早かった。
すぐ、と本人が言った通り、トーストが丁度焼きあがる頃には、顔を洗って歯を磨いて、服を着替えてきた。
そのことが、壮五には意外だった。
急かさなければやらないと思っていた。
結局マネージャーが迎えに来るまでに環は全ての支度を終え、トーストも平らげて、仕事に遅れるようなこともなかった。
テレビ局に着き、楽屋に通され、揃って荷物を置く。
挨拶に行こう、ということも言わない方がいいのだろうか、と壮五が戸惑っていると、不意に手首を掴まれる。
「何してんの。挨拶、行こ」
挨拶も、その後の仕事中も、壮五が何も言わないとなると、環は率先して動き、壮五をリードする。
周りの様子もきちんと見ているし、気遣いもできていた。
環のそんな様子を見るたびに、何も信じていられなかったのだと、壮五は人知れず自己嫌悪に陥っていた。

そんなことが三日続き、四日目を迎えた。
その日は壮五と環に加え三月がオフで、寮で三人揃っての昼食になる予定だった。
手際よく昼食をつくる三月を手伝って、部屋にいる環を呼んできてくれと頼まれれば、つい手が止まる。
「どうした?」
「ええと……ちょっと今、避けてて」
「避けてる? なんで?」
食べる前に話を聞いてもらおうと、向かい合って座る。
数日前に大和に言われたことを告げれば、あのオッサンは、と三月は苦笑した。
けれど、大和の言うことも尤もだ。
現に環は、この数日、壮五が何も言わなくても、何も問題はなかった。
それだけ環を信用していなかったのだと自己嫌悪すると同時に、壮五の中にもうひとつ、複雑な感情が芽生えていた。
環が一人でしっかりとしていることが、嬉しいはずなのに、どこか喜べない。
「きっといつか、僕が必要なくなる日が来る。それは喜ばしいことです。だけど……何て言ったらいいんでしょう」
「寂しい、ってことか?」
「寂しい……?」
それが初めて味わう寂しさだと、まだ確信を持って言えなかった。
押し黙る壮五に、三月はからからと笑う。
「お前、実は寂しがりだよな。飲むといっつも言うもんな」
「自覚はないけど、そうなんでしょうか」
「そうだよ。自分の周りから人がいなくなることにもやもやするの、寂しいっつーんだぞ」
思えばこれまで、家族にしろ学校にしろ、自分から手放したことはあれど、手放されたことはなかった。
叔父が亡くなった時にそれに近い感情はあったが、あれは手放されたわけではない。
それに、それは寂しさよりももっと大きな喪失感だった。
そこにいるのに、生きているのに離れるというのはこんな感情なのだと、壮五は初めて知った。
「どうしたらいいんでしょうか」
「身も蓋もないけど、慣れるしかねーな」
「慣れることができるでしょうか」
「そのうち薄れるよ。寂しさなんてさ」

ふと携帯の画面に表示された時計に目をやって、環は寝転んでいたベッドから身を起こした。
三月と壮五なら、昼食の準備をしているはずだ。普段なら呼びに来る時間だ。
だが、三月も壮五も呼びに来ない。
そういえばここ数日、壮五の態度が妙だったなと思い返して、リビングに向かう。
昼食を用意しているなら食べたかったし、ないならないで、三人分を買ってくればいい。
リビングのドアノブに手を伸ばしたところで、中から聞こえる声に耳を済ませた。
そこでやっと、ここ数日の壮五の態度の真相を知った。
壮五が声をかけなくても大丈夫だと証明したかった。
だが、いざ証明されてみたら、壮五は寂しさを憶えてしまった。
それを聞いて黙っていられず、勢いよくドアを開ける。
弾かれたように顔を上げた壮五と目が合った。
「そーちゃん、一人で悩んでんな。俺のことなんだから、俺に言えよ」
「駄目だ。言えないよ。こんなのは、僕のエゴだ。僕が君の邪魔をすることになる」
「いーよ」
環の言葉に、壮五は目を見開く。
「毎日言われると腹立つけど、時々なら言っていいから。じゃねーとそーちゃん、どっか行っちゃいそうだし。寂しがるくらいなら、俺の世話、焼いてよ」
その日から、壮五の環への小言は再開された。
だがその頻度はずっと減ったし、言い方も格段に優しくなった。
言われている間、環は何故か嬉しそうな顔をすることがあった。
その様子に誰も何も言うことはできず、それは新たな『MEZZO”の名物』として受け入れられることになる。

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