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おにぎり

特にこれといって苦手なものはなく、努力することも苦ではなく、要領も良い方だと自負している。
だがたったひとつ、コンビニで売られているおにぎりの包装を剥がすことだけはどうにも苦手だった。
昼食用に、と買ってきた二つを机の上に並べて、まず『おかか』と書かれた方を手に取る。
上部からビニールを剥がし、そのまま左右に引っ張るだけのもの。
小学生でもできるはずのものだ。
だが、勝家の手にかかるとどういうわけか、海苔まで一緒に剥がれていく。
ビニールを剥がし終えていた時に残っていたものは、今回も無残に海苔の剥がれたおにぎりだった。
千切れた海苔が散乱するのもいつものことだ。
全て食べ終えたら片付けよう、とひとつ目を口に運ぶ。
多少海苔が減ったところで、味に大した差は出ない。
無残に散った海苔に対して、勿体ない、などという感情も特には湧かない。
何事もなくひとつ目を食べ終え、『梅』と書かれた二つ目に手を伸ばす。
その二つ目は勝家の手に触れる前に、横からひょいと伸ばされた手に持っていかれた。
手の主を追っていけば、同じゼミ内にいる学生だった。
「返せ、左近」
訝しげに左近を睨むと、彼はへらりと笑った。
「横取りするわけじゃねーって」
言うが早いか、左近はおにぎりのビニールに手をかけた。
「あんた、いつもボロボロにしてっから、なんか気になってさ」
上部のビニールが下に剥がされていく。
手持無沙汰になってついその手元に目を向ける。
どこにでもいる、普通の骨張った男の手だ。
強いて言うなら、勝家より多少指の節が太いくらいで。
爪は短すぎず長すぎず、適度な長さに整えられている。
バンド活動をしている、といつだったか話していたのを聞いたことがあった。
ギターだったかベースだったかを担当していると。
そのためか、左手の指先には絆創膏が巻かれている。
つい最近、バイトがきつい、というような話をしていた。
肉体労働系のバイトで、その証拠に両の手の平には肉刺が見てとれる。
人当りが好いのだから接客業にすれば良いものを、と言えば、給料がいいから、と返されたのも記憶に新しい。
「ほら」
綺麗にビニールの剥がれた、綺麗に海苔の巻かれたおにぎりを受け取ると、左近はまた小さく笑った。
「あんた、不器用なわけじゃないのにな」
「おにぎりと相性が悪いのだろう」
「でも、これで次から平気っしょ。俺の手元ガン見してたし」
手を見ていた、と言い訳するより早く、左近はその場を立ち去ってしまった。
残された勝家は一人、なんとなく目の前のおにぎりを見つめてみた。
やはり、海苔が巻かれたからといって、然程の感動もない。
精々、米で手が汚れない程度だ。
二つ目のそれを口に運ぶと、パリ、と小気味いい音が口の中に響いた。

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